今さら聞けない「ジョブ型」雇用(その1)「ジョブ型」雇用とは何か? 

6月 24, 2020

ジョブ型の広まりと各企業の取り組み

最近よく聞く「ジョブ型」雇用とは何なのだろう?働き方改革、デジタル人材獲得ニーズの高まり、そして新型コロナ対策、それぞれの中で「ジョブ型」雇用にしなければならない、というトーンで話がされている。今さら「それ何?」と内心思っていても、質問をするのは難しい雰囲気かもしれない。実際のところ、「ジョブ型」雇用は、各人、企業によって捉え方が違い、理解度も様々だ。ここでは、状況を整理するために「ジョブ型」と言われる雇用の考え方や人材マネジメントの解説を行いたい。

ところで、今、雇用のあり方をジョブ型にすべき、という論調が世に出てきているのは何がきっかけなのだろうか?おそらく以下3つの影響が大きい。

  • ① 働き方改革の中で労働時間削減やダイバーシティ推進の障害とされた無限定正社員という雇用形態に対比する概念としてのジョブ型雇用への注目

  • ② デジタル人材の需要が高まることによる職種別報酬の必要性の高まり

  • ③新型コロナ対応としてリモートワークの文脈におけるタスク・アウトプット管理の重要性の高まりと仕事の明確化の動き

これらの影響の中で、各企業では様々な施策がなされている。例えば、

  • A) 仕事の内容の定義(Job Description作成)と適材適所の推進

  • B) デジタル人材の新卒の初任給の底上げ

  • C) ジョブグレードと役割給の導入

  • D) 職種体系と職種別報酬制度の導入

  • E) 職種別市場価値をベースにした従来とは違う雇用区分の導入

  • F) 裁量労働的な仕組みの導入

等々だ。これらは全て、おそらく正しい問題意識に基づいているが、少々散発的で、個別の施策だけで本来望まれる変革は難しいように思える。

「ジョブ型」雇用を再定義する

「ジョブ型」の雇用というのは、従来の日本型雇用とは違う理念に基づくエコシステムだ。根幹にあるコンセプトを理解し、統合的・整合的にマネジメントシステム全体を整える必要があり、一部分のみを変えても効果は限られる。

今までの日本型雇用の根底にある、会社と社員の関係は、いわば「保護者と被保護者」だ。新卒で入社し、会社はその個人に対して一生(少なくとも長期)にわたり生活の安定を保障する。その代わり、個人は異動・転勤含め会社の業務命令には何でも従う、という関係だ。毎年、先輩・後輩の関係が40年分積み上げられ、年次に伴って平均的には安定的に、ただし僅かずつ処遇が向上する。中途入社の場合も、その序列の中に組み込まれ、どこかに位置付けられていく。このような終身雇用の考え方の中では、環境や戦略が変化しても人の入れ替わりが起きにくいため、構造的に戦略と要員にギャップを生じさせやすい。また、異動・転勤が会社裁量で、個人にとっては、自らどのような能力を伸ばしキャリア形成をするのか、という自律的意志を持つことが難しい環境でもあり、自発的なリスキル・スキルアップが行われにくい。個人が自律的にキャリア形成をしない傾向に加え、法律・慣行的に雇用保障されており、出入りが少なく市場メカニズムが働きづらい。その結果、市場価値と実際の報酬に(高低ともに)乖離が発生しやすい。

それと比較すると、ジョブ型雇用は、「ジョブ」を通じた「会社と個人の対等な取引」が根本的な理念だ。会社の視点からすると、事業・戦略の方針により組織と必要なジョブが定義され、結果としてあるべき要員(質×量)が定まる。要員に関して、あるべき姿と現状のギャップは、要員の入れ替え(採用と代謝)、または、リスキル・スキルアップで実現する。この考え方であれば、従来と比較しビジネストランスフォーメーションは格段に行いやすい。個人は、会社と合意した職務領域で価値を提供し、提供価値に見合った外部競争力のある報酬を受け取る。異動や転勤は本人のキャリア(将来の「売物」)に影響があるため、本人同意が必要となり、自己裁量が高まる。取引関係が対等であるためそれが生涯続く保障はなくなる一方、キャリアの自律がなされるので、社外の機会を含め、個人は将来にわたりどのようなキャリアを形成し、どのように稼ぐかを考えることになる。その結果、環境変化に対して必要なリスキル・スキルアップが自発的に行われやすくなり、会社の事業運営にも個人のエンプロイヤビリティ(雇用される力)にも良い影響が期待できる。

「会社と個人の対等な取引」を進めるエコシステム

さて、「ジョブ」を通じた「会社と個人の対等な取引」を進めるエコシステムとはどんなものだろう?図表:従来の日本型雇用とジョブ型雇用の比較(一部)を参照いただきたい。

まず大事なのは、需給バランスによりジョブ毎の価格が違うために、市場価値に基づいた職種別の報酬制度が必要となることだ。例えば、そのベースとなる枠組みの一例として、従来の縦方向の等級だけでなく横方向に職種にあたるものを設定し、それぞれのマス目に対して職種別等級別に報酬水準を規定する方法があげられる。職種別に報酬が規定されるため、採用は一括採用ではなく職種別採用となり、個人は基本的にはこの職種の中でキャリアを形成する。新卒同期の間の公平性はなくなる。職種をまたがる異動や転居を伴う転勤はキャリアに大きな影響を与えるために、本人同意とする。また、個人のキャリア形成支援の一環として、空きポジションに対しては積極的に公募を行う。会社都合の異動を原則としてなくすため、パフォーマンス管理をしっかりやった上で、退職勧奨も必要となる。仕事が明確なため成果で評価されるのが合理的で、成果に見合ったPayを受け取れない場合や労働環境が悪い場合は転職する。その結果、時間管理による労働者保護の必要性は薄くなる。近年、就業期間が長くなることで雇用保障という一つの会社に頼った労働者保護はリスクが高くなっていることもあり、国としては、労働者保護を雇用保障と時間管理により行うスタイルから、個々人のエンプロイヤビリティ向上や労働力の公正取引強化により行うスタイルへの転換が必要だ。セーフティネットの充実もまた重要だろう。

今回は紙面の都合で全ての解説は行わないが、一事が万事、会社と社員の関係性が変わることによって、理念をベースに一連の施策が相互にフィットしながら変わることが求められる。会社と個人の関係が対等かつ他社と人材を取り合うならば、職種別市場価値導入は避けられない。その結果、職種別採用とならざるを得ず、ゼネラルローテーションは困難になる。ローテーションがなくなるとパフォーマンスが芳しくない社員を、仕事を変えながら“だましだまし”使うことができなくなり、退職勧奨も増えるだろう。今までのやり方を維持するには無理があるのだ。

 

図表:従来の日本型雇用とジョブ型雇用の比較(一部)

項目 (従来の)
日本型雇用
ジョブ型雇用
会社と社員
の関係
保護者・被保護者 対等
人材の
流動性
低い 高い
要員計画 既存社員+新卒ー定年 事業計画ベース
採用 新卒一括+中途 職種別
配属・転勤
(キャリア) 
会社裁量 本人同意・公募中心
トップ候補のサクセション
教育 階層別中心 選抜教育、本人希望ベースのe-Learning
(リスキル支援を含む)
報酬 内部公平性重視
貢献・年功で配分
外部競争力重視、職種別市場価値
評価 処遇決定目的中心 パフォーマンス管理・人材開発中心
退職 定年退職・自己都合退職 左記に加えて PIP*・退職勧奨あり
人事権 昇給・賞与・昇格は中央集権的に決定 中央は人件費ファンド配分を決定
昇給・賞与・昇格は現場で決定
労働者保護 雇用保障、時間管理 エンプロイヤビリティ、流動性
*Performance Improvement Plan

競争力の源は、雇用システムのトータルな変革と自律的なキャリア形成に向き合うことにある

私は、日本企業が成長力、競争力を取り戻すため、また、個人が自分のキャリアを取り戻すために、ジョブ型雇用の導入は不可欠であると考える。しかし、これを実現するためには、「バブル崩壊の余波を受け90年代後半から00年代前半にかけて流行した成果主義」「グローバル化の文脈の中で00年代中盤から後半にかけて増加したグローバルグレード導入」と違い、接木アプローチでなく、雇用のあり方そのものをトータルに変革する必要がある。各社における覚悟と健闘を期待するとともに、立法・行政サイドとしても、「雇用保障」「不利益変更禁止」「時間管理」による労働者保護を見直し、「エンプロイヤビリティ向上」「公正な労働取引実現」による労働者保護に転換することで、実力ある労働者の増加を促して頂きたい。それが最終的には、これからの時代における個人のキャリアの保護、本質的な「労働者保護」にもつながるのではないだろうか。
著者
白井 正人

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