今さら聞けない「ジョブ型」雇用(その3)わが社は「ジョブ型」なのか? 

7月 08, 2020

今回は「ジョブ型」雇用に関して最近よく頂戴するご相談について論じたい。具体的には、以下2つの問いについてである。

  1. 「ジョブ型」雇用とは何か?
  2. 我が社は「ジョブ型」雇用なのか?

「ジョブ型」雇用とは何か?

まず、問1に回答する前段として、メンバーシップ型とジョブ型の雇用契約としての性質の違いについて、改めて確認する。

図表: メンバーシップ型とジョブ型の雇用契約の相違

メンバーシップ型は社員から見ると「会社が求める異動などの業務命令には原則従う」見返りとして「雇用保障が得られる」という契約だが、ジョブ型は「予め定められたジョブの遂行について会社と個人が対等に合意する」と同時に「そのジョブの遂行に対して適切な対価が得られる」という契約だ。

ジョブ型はジョブを介した対等な市場取引を目指すものなので、遂行するジョブの変更、すなわち、異動・転勤は会社の意思だけでは決められず、会社が発案する場合は本人の同意が必要となる。「ジョブの遂行」という役務提供の約束は予め内容が決まっているので、買い手である会社の論理だけで勝手に変えることはできない。個人の側からすると、ジョブの内容への会社側のコミットメントを得ることで、そのジョブを通じた経験蓄積が約束され、将来において同じ専門領域の更に上位のジョブへと自らをレベルアップするキャリアプランを立てることができる。「相互に対等な市場取引を目指す」という考え方に立脚している以上、個人の側のキャリア形成という面からも、個人の選択は尊重されなければならない。また、この論理の帰結として、採用時点から職種別(最初に、お互いにコミットする領域をある程度明確にする雇用契約)である必要がある。

個人のジョブの遂行に対して対価をもらう市場取引を目指す以上、何をやっても価格は同じ、にはならない。個人・会社の双方が外部労働市場にアクセスする権利を持っているため、ジョブ別の市場価値に基づいた報酬を支払うことが必要となる。もちろん、会社の側から見れば、市場取引を目指す以上、会社の視点から見て、報酬に対して提供価値が不足する場合は改善を促し、それでも改善がなされない場合、契約解消や雇用条件の見直しの希望を伝えることになる。理屈上は、PIP*を経て状況が改善されなければ退職勧奨することも起こりえる。逆に、提供価値に対して報酬・その他労働条件が不十分な場合は、個人が契約を打ち切る、すなわち別の機会を求めて退職することになるだろう。

* Performance Improvement Plan

これまでの話をまとめると、「ジョブ型」雇用の一般的要件は下記のとおりである。

  • 「ジョブ」を通じた会社と個人の対等な市場取引の志向
    • √  「ジョブを特定した採用」および「異動に関する本人の同意」
        (本人が提供する役務と会社が期待するジョブの内容に双方が同意している)
    • √  市場価値ベースの報酬
        (「ジョブ」への値付けが適切である)
    • √  個人にとっては外部労働市場にアクセスできるキャリアを形成できること
           会社にとってはパフォーマンスが未達の場合のPIP・退職勧奨が選択肢にあること
        (両者ともに契約の見直しができる)
    •  

各人事機能の組み合わせが、エコシステムとしてこれらを満たすケースは「ジョブ型」雇用といえる。また、これらの性質が満たされれば、昨今の「ジョブ型」雇用のねらいである、以下のような個人と会社の変革が実現できるであろう。

  • 個人:「キャリア選択の自由」「自発的リスキル・ケイパビリティの促進」「一社に頼りきりにならない長期的安全性」
  • 会社: 「戦略に合致した人材ポートフォリオへのトランスフォーメーション」

我が社は「ジョブ型」雇用なのか?

最近、「ジョブ型」雇用という言葉が流行っているため、以下2つの質問を受けることが多い。

  • 我が社は「ジョブ型」雇用なのか?
  • 我が社の改革の方向性は「ジョブ型」雇用なのか?

もちろん、個社の状況によって回答は違うのだが、ここでは典型的な事例として下記状況を想定したケーススタディを検証したい。

ケーススタディ:ある企業における人事施策の方向性

  • 今までは職能資格制度だった
  • 今後は個々の社員の責任を明確にするためにJD**を作成する
  • JDに基づき、役割等級と報酬レンジが定まり、より実力主義になる
  • 採用は中途採用も積極的に行うが、従来の新卒一括採用を継続する
  • 配置に関しては、社内公募を積極的に行うが、会社主導のローテーションは継続する
  • ** Job Description

これらは、「社員の貢献に対するインセンティブを高める」「年功的に高止まりした賃金を抑制する」「社員のキャリア選択肢を広める」という意味で、一般的に合理的である可能性が高い施策群だ。また、ジョブが定義され、ジョブ概念と報酬が結びついているので「ジョブ型」雇用であると考える会社であれば、社内的には「ジョブ型」という整理もできるかもしれない。

ただ、この整理は、昨今話題になっている「ジョブ型」雇用のもともとの意味合いとは違ってしまっている。「ジョブ型」雇用は、従来の日本型雇用である「メンバーシップ型」雇用、”会社が求める異動などの業務命令には原則従う”が”雇用保障が得られる”関係への対比概念である。会社と社員が「ジョブ」を通じた相互に対等な取引関係であることで、市場メカニズムにより適切な報酬・労働条件と労働価値の交換を促すエコシステムだ。

前述のケーススタディでは、中途採用と社内公募を除き、採用、配置ともに従事するジョブの選択に本人の意思が働かず、本人のキャリア自律が実現できない、また、その結果、会社が雇用を保障する道義的な責任が発生し、減給、もしくはPIPや退職勧奨に躊躇する面が出てくる。会社と社員は対等なパートナーでは無く、メンバーシップ型の保護者・被保護者の関係が継続している。社員にとっては、「キャリア選択の自律と自由」と「一社に頼り切らずに生きる力」を得ることが難しく、会社からすると「ビジネスモデルや戦略の変化に応じた大規模な人の入れ替えやリスキル」を期待しにくい。「ジョブ型」雇用に望む効果が得られ難いのだ。

ジョブを定義して役割等級・役割給にすれば、エコシステムとしての「ジョブ型」雇用が実現する訳ではない。人材フロー機能を含めたトータルなコーディネーションが必須である。ジョブを定義しても、会社裁量で異動を決めてしまえば、「ジョブ型」雇用のもともとの定義にある「本人同意による業務の限定」はされない。その結果、自律的キャリア形成ができず、会社と社員の関係が変わらない。「ジョブ型」雇用の成立のためは、ジョブの定義だけでなく、個人がジョブを選び遂行に責任を持つことがポイントなのだ。上記ケーススタディは「ジョブ型」雇用というよりも、「メンバーシップ型」雇用の問題点を軽減するために「ジョブ型」雇用で良く実施される幾つかの施策を採り入れた「メンバーシップ型」雇用と考えるのが妥当だ。

各社にとっての雇用の在り方の選択とは?

私は基本的には多くの日本企業は「ジョブ型」雇用に向かうべきと考えているが、個社にとってはそれが最良の選択でないケースはある。「メンバーシップ型」雇用においては、社員間に長期リレーションが構築されるため “擦り合わせ” “習熟” “改善” の積み重ねによる業務・製品・サービスの品質が大いなる強みとなる。これが高度成長期からバブル経済までの日本経済の原動力であったことは間違いない。一方、「ジョブ型」雇用は大きな変化に強い。人材の流出入やそれに端を発する自発的なリスキル・ケイパビリティ向上は、デジタル化、グローバル化によるビジネスモデルの変革に非常に有効だ。前者も後者もそれぞれビジネスとの整合という意味で共に重要である。しかし、多くの企業にとって現状は後者の重要性が相対的に高い環境へと変化している。従事する事業の性質により判断は違って然るべきだが、私が多くの日本企業が「ジョブ型」雇用に向かうべきと考える理由は、この後者の重要性の高まりである。

前述のように、昨今、多くの日本企業においてビジネスモデルの変革が必要とされているが、「既存の社員が耐えられない」「既存の社員に受け入れられない」という理由で、エコシステムとしての「ジョブ型」雇用を採用せず、「ジョブ型」雇用のいくつかの施策を「メンバーシップ型」雇用に採り入れるケースは多い。事業上、変革が必要だとしても、組織が変革に耐えられないのであれば先が無く、この考え方は十分に理解でき、正解の場合も多いだろう。

一方、この策には気を付けるべき点もある。日本企業は戦後70年以上メンバーシップ型で人事運営をしてきた。そのため、人材マネジメントの方向を決める経営者やその他メンバーそのものがメンバーシップで育ってきており、ジョブ型への移行リスクを高く捉える傾向がある。しかしながら、外資系企業や投資ファンドに買収された場合、非常に短期間でメンバーシップ型からジョブ型へのトランスフォーメーションを果たした元・日本企業は多く存在し、現在も問題なく事業を営んでいるという事実もある。つまり、日本企業の“既存社員”は「ジョブ型」雇用下でも活躍しており、トランスフォーメーションリスクはさほど高くないかもしれない。

個社にとっての「メンバーシップ型」から「ジョブ型」へのシフトは、「封建制」から「資本主義」に変わるようなパラダイムシフトだろう。受入れが難しいのは当然であり、その心理的な抵抗に寄り添わないとうまく行かない時もある。一方、巨視的に見ると、大きな挑戦ではあるが、多くの企業にとって通らねばならぬ道ではないだろうか。

著者
白井 正人

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