事業再編の成功に向けた従業員・労働組合との対話によるレディネスの形成 

10月 19, 2020

昨今、グローバル化、デジタル化、少子高齢化、そしてCOVID-19等で経営環境が劇的に変化する中で、日本企業が関わるM&Aの件数、即ちM&Aを通じて事業の選択と集中に取り組む企業の数は増加傾向にある。中でも、多くの製造業のように成熟した市場において、M&Aのトレンドは大きく2つのフェーズ(①国内・海外の規模拡大、②国内・海外の事業再編)に区分でき、現在は②事業再編*1 フェーズにあると筆者は考える(図1参照)。

*1 事業再編とは、複数の事業セグメントを有する企業がコア事業とノンコア事業を定義し、ノンコア事業を売却することで資金を確保し、コア事業を追加投資や買収によって強化する一連のプロセスと本稿では定義する。

 

図1:日本企業のM&Aの推移

成長段階の競争優位性が高い事業へ投資を集中してリターンを最大化することが必要であり、そのためにコア・ノンコアに事業ポートフォリオを区分し、成熟段階の競争優位性が低いノンコア事業を切り出すということが、事業再編として一般的に語られる。事業再編実務指針(2020年7月31日経済産業省策定)でも、なぜ・どのように事業再編を進めるかに言及している。

こうした「なぜ事業再編をすべきか」という問いについて、投資家・株主と経営者間の外部の対話が進められてきた一方で、従業員・労働組合と経営者間の内部の対話は尽くされていないのではないか。

事業再編型M&Aを支援する一コンサルタントとして、従業員・労働組合側の事業再編へのレディネス*2 が十分形成されていないのではないかと感じることがある。

*2 レディネスとは、教育や人材育成の分野において学習に対する準備が整っている状態を指し、レディネスが十分でないと教育効率が悪くなるばかりか、マイナス効果を及ぼす場合もあるとされる。本稿は、事業再編の効果を最大化するためには従業員・労働組合のレディネスがM&Aの前に十分に形成されることが重要であるという仮説に基づく。

 

例えば、長期勤続を前提とする人材マネジメントが行われる企業の一事業が、雇用の流動性が高く、職務内容やパフォーマンスを重視する企業へ売却・統合される場合に、組織・人が硬直化しているために再編後の事業運営が当初の想定どおり進まないこと等が発生し得る。

事業再編の対象企業間の各種制度の設計思想やカルチャーの差異等の様々な要因が考えられるが、意思決定・判断する経営側と実行する従業員側の認識が揃っていないことも重要な背景と筆者は考える。

ここで、事業再編とその後の事業運営を円滑に進めるために、一貫性のある従業員・労働組合との対話・コミュニケーションを通じて事業再編へのレディネスを形成することを提言したい。こうした対話によるレディネス形成は一朝一夕に効果が得られるわけではないが、M&Aディール前の平時からの積み重ねが重要であり、そのほかの人事施策等との一貫性を持たせることでメッセージの納得度が高まる。

経済産業省の2018年度の調査によれば、事業売却・撤退等を検討・実施する際の課題として、16%の企業が従業員・労働組合との調整が困難であることを挙げた。最も回答数の多かった「売却等を検討する基準が明確でないこと(32%)」を考慮すると、16%は決して少なくない数字と思われる(図2参照)。


図2:事業売却・撤退等を検討・実施する際の課題

経営/事業側の視点では、再編前後のキーパーソンの退職や労使関係の悪化を防ぎ、再編後の事業運営を円滑化することが重要である。実務的な施策として、社内報やフォーカスグループセッション、労使間の会議等で経営陣や人事担当役員/部長等から昨今の経営環境やそれらを踏まえた事業再編の背景を常日頃から情報開示し、従業員と対話する等がある。

こうすることで、有事に突入した際に「事業再編が起こりそうだ」と従業員・労働組合の期待値の調整ができ、また成長投資を行う意思とそのための経営資源を有するベストオーナーの下へ移ることで本来の実力を発揮できるという再編のメリットも伝えられ、事業運営の円滑化を図ることが可能となる。

また従業員側の視点では、長期勤続前提のジョブローテーションからの脱却*3 とそのための従業員/労働組合との正直でタイムリーかつ頻度の高いコミュニケーションもスムーズな事業再編の一助となり得る。一つの会社に閉じたジョブローテーション等による内部労働市場でのキャリア構築から、社員自身の希望も取り入れた一貫性のある専門的なキャリア形成により外部労働市場での価値を高めることが可能となり、再編へのレディネスが高まると考えられる。

*3 詳細はジョブ型の特集ページをご参照されたい。

 

自社が勝ち残るために、株主だけでなく、従業員や労働組合にも再編を進める覚悟を伝えられているか、再考いただくきっかけとなれば望外の喜びである。

著者
藤井 太一

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