ジョブ型時代の福利厚生制度 

22 2月 2021

2020年は1月に経団連が雇用のあり方の見直しに言及した経営労働政策特別委員会報告の公表に始まり、新型コロナウイルス対策を1つの契機としてジョブ型雇用への移行が明確な潮流となった。日本型雇用が転機を迎えた年であったといえる。その中で、福利厚生制度も同様に変革を求められていると聞いてピンとくる方はどれほどいるだろうか。本稿では、福利厚生制度の将来について触れてみたい。

福利厚生制度の現状

グローバルを見渡せば、日常的にCompensation & Benefitsという言葉が使われており、社員が福利厚生制度から得られる利益は報酬の一部として扱われている。日本では、報酬の一部に理論上は位置づけられるものの、王道の人材マネジメントの仕組みとは切り離して考えられがちである。あるべき論では、福利厚生制度も報酬ポリシーの下、人材マネジメントの変遷とともに変わるべきだが、実際には置き去りだ。その結果、旧来からの日本型福利厚生制度が根強く残っている。一部、健康経営という視点で社員の行動変容につなげようと試みている企業も見受けられるが、短期的な取り組みが多く、人事のエコシステムに組み入れていないのが現実である。

ここで言う「旧来からの日本型福利厚生制度」とは、長期雇用や年功序列の人材マネジメントと親和性が高い、内部公平性や生活保障の色が濃い制度を指す。古くは社会インフラが未整備だった環境下で、企業が生活保障の役割を担ってきた。1961年に国民皆保険制度が完成した後は、福利厚生制度は衣食住への支援(社宅、社食、社内預金、万一の場合の弔慰金制度等)を提供し、企業の豊かさを誇示する役割も有していた。しかし、バブル崩壊の憂き目に遭い、企業がコストを抑制し、従業員の自助努力型制度へシフトした。レジャーを割安に利用できるメニュー主体で構成されたカフェテリアプランや任意加入型保険制度の導入が進んだのはこの時期である。提供内容はディスカウントプランが主体であり、利益提供の仕組みは進化しているが、福利厚生制度のあり方に本質的な変化はなく、コストは削減され、生活を豊かにするという本来の役割さえも十分に果たせていない状態が続いてきた。

ここ10年では、健康やメンタルヘルスの問題に対応するため長期障害所得補償制度が普及し、介護支援、育児支援等のニーズ台頭によりカフェテリアプランへの関連メニューの追加が進んできた。2020年は、リモートワーク時の労働環境改善のメニューをカフェテリアプランに追加する事例もあり、働き方改革の一環として福利厚生制度を活用する企業が増えてきている。しかし、本質的な制度変革には至っておらず、福利厚生制度の時代遅れ感は否めないのである。

これからの福利厚生制度

それでは、今後どのように変わっていくべきなのだろうか。ジョブ型雇用が究極まで進めば、労働市場では雇用の流動性が増し、従業員と企業の関係が対等(選び・選ばれる関係)になる。その中で企業が必要な人材を採用・リテインし事業戦略を実現していくためには、社員のエンゲージメントの向上が重要だ。この観点から、福利厚生が寄与すべき役割について考えてみたい。

1つ目は、労働の対価として提供されるリスク対応である。ジョブ型雇用では、社員は労働市場において自律した存在として、自らの価値観や人生の目的に則して仕事を選ぶ権利を得る一方リスク管理の義務を負う。現役社員はマーケットでパフォーマンスを発揮し続け、退職後の資産形成を求められるのである。そのリスク対応に寄与できるのが福利厚生制度である。自身と家族の健康、子育て・介護と仕事の両立、資産形成不足に関するリスクに対応し、個人が安心して働き続けられる、セーフティーネットとして機能すべき制度なのだ。

日本型福利厚生制度が、その役割を見失っている1つの理由が、国民皆保険に支えらえる日本の医療制度の充実である。グローバル労働市場では、社員が労働市場の中で自らの価値を市場標準に照らして認識する。市場標準は、月給やボーナスといった現金報酬に加え、福利厚生制度に掛かる費用も含めたTotal Remuneration(総報酬)で認識されている。社会保険が日本ほど充実していない国では、特に健康リスクへの対応として、医療保険料が総報酬の中で重要な項目として比較されている。一方、国民皆保険制度が維持されている日本では、企業がスポンサーとなる福利厚生制度が労働の対価として重要視されていないと推察される。

果たして、本当にそうだろうか。企業がスポンサーとなり、社会の構造的な課題を福利厚生制度によって担保し、個人が安心・安全に働ける環境は、日本にも必要なのではないか。例えば、OECDの統計データベース1 によれば、15~65歳の男女が家事2 に費やす時間は以下の通りである。男性の家事負担がG7各国では30~40%であるのに対し、日本は15%と他国に比べて女性の負担が高い。これは日本の社会構造や文化に根差して醸成された役割分担である。ジョブ型雇用の中で、全ての社員が等しくパフォーマンスし続けられる環境を整備するのであれば、家庭と仕事の両立により手厚い施策を打っていく企業がもっと出てきてもいいのではないだろうか。

1. OECD stat (Time Use)  https://stats.oecd.org/Index.aspx?DataSetCode=TIME_USEよりMercerが作成
2. 次に定義されるUnpaid workの時間を引用 “routine housework; shopping; care for household members; child care; adult care; care for non-household members; volunteering; travel related to household activities; other unpaid activities”

 

2つ目は、人材育成やキャリア開発に関する給付である。ジョブ型雇用の世界観では、個人はやりたい仕事を担えるように自己研鑽し、ステップアップを図る。そのスコープは、現在担う役割や組織内だけでなく、労働市場で常に現役で選ばれる人材として成長することも求められる。社員の自発的な学びの支援は、人材マネジメントと連動した福利厚生制度の中でカバーされるのが望ましいのではないだろうか。

ジョブ型時代においては、社員が安心して働く環境の整備(セーフティーネットの提供)や広い意味でのキャリア形成に寄与する制度が求められる。それがこれからの日本型福利厚生制度であり、その変革を実現できた企業には求める人材が集まるのではないだろうか。

福利厚生制度改革の難しさ

福利厚生制度の抜本的見直しは、日本企業にとって重要なアクションである。実際に人事担当者の方々のToDoリストに長年にわたって挙がっているアジェンダのはずだ。それが進んでこなかった要因の1つとして、ステークホルダーの複雑さがあげられる。例えば、メンバーシップ型雇用の中で、人材の受け皿となったグループ会社(出向先)が福利厚生制度へ関与する、株主との総合取引の中で提供メニューが決定されるといった忖度に制度が影響されている。また、福利厚生制度所管の多様化も大きく影響している。人事部、総務部、労働組合、共済会、健康保険組合、生協、等の複数の組織を跨いで所管されているケースも珍しくはない。このような、制度の本質とは別の事情により、メニュー最適化の遅れや利用の偏りが見過ごされ、硬直化した制度が継続しているのである。

このように運用の複雑な制度を、全体に整合性をとって変革する難解さは想像できる。今後、ますます必要となる福利厚生制度の改革は、トップダウンで実施できる企業が先陣を切ることになるだろう。

著者
木村 真子

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