HRPMIにおけるシナジー創出(前編) 

05 10月 2021

これまでのディールの見直し

昨年より世界的なパンデミックが沸き起こり、M&Aはもちろん、あらゆる事業環境や私たちの個人ベースの活動にさえ大きな影響を与えてきた。2021年9月現在、特に国を跨いだ活動には依然として強い制約があり、ワクチン接種が進んでいる中であっても国境間の自由な移動が困難である。翻って、クロスボーダーを含めたM&Aに対する影響はどうだろうか。これを機に、改めて2021年のM&A取引状況を直近のアップデートも踏まえてお伝えする。8月時点において、IN-OUT案件(日本企業による海外企業の買収)は金額ベースでCOVID-19の影響のなかった2019年を上回りながらも、件数ベースでは復調していない。3,000億円以上のディールは2019年の3件に対して5件に達しているものの、投資ファンドによる投資目的やマイノリティでの出資が増えている。

以上から、ディール数は復調しているものの、2019年の水準には及んでいない。今後も新規ディールの機会を創出していくことも一案であるが、一方で、ディールが大型化してきていることから、一つひとつのディールを丁寧に見ていくとどうだろうか。特に、これまで多数のディールを手掛けてきている事業会社では、過去のディールの棚卸を行い、改めてバリューアップが進んでいるか見直す機会とすることもできるだろう。

HRにおけるシナジー創出の概要

さて、本題のHRにおけるシナジー創出に目を移したい。ディールにおけるシナジー創出と考えると、クロスセールスや共同開発等トップラインに貢献する事柄に目が行きがちであるが、複数社が一体化することでボトムラインの向上からも目を背けてはいけない。特に、直接的にキャッシュを産生する機能のないHRにおいては、ボトムラインへの貢献がより目に見える成果として期待できる。

端的に、HRにおけるシナジー創出とは、HR組織の最適化・HR業務の効率化に伴った人員削減、および従業員ベネフィット・年金制度等の統合によるスケールメリット獲得に伴ったオペレーションコスト削減の二本柱であると考える(図1)。

 

図1. シナジー創出の概要

上記を実現する施策としては、HR組織・レポートラインの統合、人事制度・オペレーションの統合を行うことで、人員削減とオペレーションコストの削減を導出する。両施策は、それぞれ単独で実行可能ではあるが、グローバルで制度統合を行った場合、制度の運用もグローバル化したほうが効率的である点、人事オペレーションを統合しなければ、オペレーションを担う組織が統合しづらい点等、統合後の組織・機能は相互に依存している。このため、一方の統合のみを済ませるよりも、両施策共実施していくことが望ましい。前編では、この2点について詳述したい。

1. HR組織・レポートラインの統合

 組織・レポートラインをグローバル化することについて、アドバンテージが2点ある。1つ目は、今後継続的にグローバルレベルで施策を打つ想定であれば、レポートラインが一本化している方が施策を実行に移しやすく、プロジェクトメンバーも通常業務を通じて見知っているため、コミュニケーションも円滑となる。言い換えれば、上下関係がはっきりしているため、施策が実現しやすい。2つ目は、特に単一国内で複数の拠点が存在している場合等、複数の拠点内で同じ業務を行っているメンバーが存在しうるため、重複機能の解消が期待できる。ここで、HR組織が各国、各拠点内で閉じている組織と、HR組織がグローバル化している組織と両端の組織の比較を考える(図2)。

 

図2. 組織・レポートラインの統合

統合前のHR組織は、各拠点にHR Head、人事制度の企画・管理を行うCOE (Center of Excellence) 等が存在しており、レポート先は各拠点のCEOとなっているため、グローバルでのつながりはない。このため、本社にてどのような検討が行われているのか、何を考えているのか等を知る機会が少ない。本社HRで施策を打とうにも、各国のCEOの了解を得なければならない等、コミュニケーションが煩雑となる。一方、統合後のHR組織においては、各拠点にはHRBPしかおらず、Region HRBPを通じてGlobal CHROへレポートしている。また、制度の企画・管理を行うCOEやオペレーションの企画・運用を行うOPE (Operational Excellence) はグローバル組織となっており、全世界あるいは地域軸で企画・管理を行う組織となっている。人事制度やオペレーションはコンセプチュアルには一本化されており、各国における差異はHRBPで吸収される形をとっている。このような組織では、少ないメンバーで組織が運営されており、一つの組織のため、施策も打ちやすい。

なお、当然統合後の組織へは一朝一夕で実現できるものではなく、事業戦略や人事戦略によって、グローバル化の度合いやその形態は各社様々だ。一つの青写真が全ての企業に適応できるものではなく、各社がビジネスニーズに応じて検討・実行してくものと考える。

2. 人事制度オペレーションの統合

続いて、人事制度・オペレーションの統合について述べる。人事制度本来の役割は、人事戦略の実現、人事戦略の制度化と言える。一方、人事戦略は本来全社戦略を実現する、人事としての戦略である。視座をより高く移すと、グローバルでの人事制度の統合とは、全社戦略の実現、企業文化の一要素である従業員行動の統一に貢献するものである。以下に、企業のミッション/ビジョン/バリューおよび全社戦略を起点とした人材マネジメントの全体像を示す(図3)。

 

図3. 制度・オペレーションの統合

また、全社戦略の実現といった、企業の目的につながる大きなテーマ以外にも、これまでお伝えしてきた通り、人事制度を統合し、各人事制度の運用を行うオペレーションを標準化することで、運用コストを削減することができる。図3の人事制度・オペレーションには、採用から退職までの従業員ライフサイクルを示しているが、それぞれの要素で人事制度が存在し、それらを運用しているのが人事オペレーションがとなる。一方、これまでグローバルの統合について多くの紙面を割いてきているが、グローバル化が困難な制度・オペレーションが存在していることも確かである。各国の労働法や社会保障の仕組み、あるいは労働組合との関係により、給与計算・福利厚生制度・昇給率といった、処遇条件に近い要素は、ローカル色が非常に強く、完全なグローバル化は困難である。こうした例外を許容しながらも、極力標準的な仕組みを導入していくことが重要となる。制度・オペレーションの統合に当たっては、各国・拠点が当初それぞれの歴史や背景から異なった制度が導入されていることは当然ながら、本社HR主導で標準的な制度・オペレーションを展開し、各国においてローカライズしていく、トップダウンのアプローチをとることが肝要である。

 

後編では、人員削減およびオペレーションコストの削減について、紹介していきたい。

著者
柴山 典央

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