フレキシブル・ワーキング|ジョブ型雇用の一歩先へ ー 米国企業がパンデミック後に目指す姿 

15 3月 2022

ポスト・パンデミック:リモートワークが当たり前の世界へ

日本では、依然としてコロナの経済活動における影響が残っているが、米国では昨年の段階で既に日常を取り戻しつつある。そうした中、リモートワークのあり方が議論の俎上に上がっている。代表的な報道を見ると、Appleは、本年2月にリモートワークを全面解除し、出社を基本とする予定であるとされていたが、つい先日、その解除を無期限延期する旨の連絡がティム・クックCEOから出されるなど、模索が続いているようだ。

マーサーは、この状況を明らかにするため、2021年の夏、社会としてパンデミックへの対応を終えようとしていた米国でMercer Flexible Working Policies and Practices Surveyを実施した。266社が参加した本サーベイでは、次のようなリモートワークの今後への対応方針が挙げられる。

Mercer Flexible Working Policies and Practices August 2021; 266社参加

 

図1:2021年米国での今後のリモートワーク実施に関する調査結果

実に75%の会社がリモートワークを部分的であっても継続していくことを方針に定めていた。加えて、ハイブリッドを選択している企業の中にFordのような自動車メーカーも含まれていることは注目に値する。

リモートワークを継続実施する第一の理由は、タレントの獲得である。同時期に行われた被雇用者層に対する意識調査では、被雇用者の実に60%相当がフレキシブルワークの有無を雇用者の選択における重要な要素と見なしていることが示されている。また、被雇用者が雇用者を選ぶ観点の第2位に「より良いフレキシブルワーク環境/ワーク・ライフバランス」が挙げられており、タレント獲得の観点からは避けられない状況が生じているという背景がある(同サーベイでの第1位は、報酬と福利厚生、第3位が、オフィスのロケーションであった)。

Mercer/ARCOM Employee Survey2020
Mercer Inside Employee’s Mind Research 2021

しかし、この結果から、方針の選択の理由を単にタレント獲得のための施策と捉えては、その本質を見過ごしてしまうため注意が必要だ。米国では、場所と時間に柔軟性をもたらすリモートワークを可能にする環境が、タレントや人材をより効果的かつ効率的に結び付けられる土台となるという認識に立ち、パンデミックで得られたこの新しい働き方の環境と社員の変化を、以前から同国内で議論されていた新しい生産性を獲得するための組織変革を加速する機会としているのである。

Flexible Working:米国企業が目指す新たな組織・人事の世界

米国では、パンデミックの前(2015年頃)から、新しい組織のあり方として、Industry4.0、アジャイル組織、PICF(Permeable:透過性、Interlinked:連結、Collaborative:協働的、Flexible:柔軟、の頭文字)組織という考え方が議論の俎上に上がっていた。

マーサーのシニアパートナーであるRavin Jesuthasanは、著書の『Lead the Work』で、その背景にある労働市場の変化を指摘している。米国内における人件費内での所得税と福利厚生コストが、1950年代は7%、1970年代は11%、2013年には19%へと上昇する中で、個人で稼ぐことができる真のプロフェッショナルにとって、組織に所属することのメリットが失われつつあり、個人プロ事業者(≒フリーエージェント)の世界が広がってきていることが示されている。

企業が顧客に最高のサービスを提供するためには、そのフリーエージェントの力も活かすことが必須な環境となってきている。また、優れたタレントを獲得し社内に留めるには、その能力を最大限に生かし、且つその発揮に報いる仕組みを入れ、対外部だけでなく、内部にも同質のプラットフォームを構築していくことが有効だとしている(タレント・プラットフォーム: IBM|Talent Market Place、Unilever|AI-Powered Talent Marketplaceなど)。

目指しているのは、市場や顧客に届ける新たな価値を創出するために、社内における組織・人材マネジメントのあり方にPICFの要素を積極的に取り入れ、社内外の枠を超えたCollective Brain(頭脳の集結)の実現なのだ。

 

図2:企業の付加価値創出における4つのモデル

Lead the Work (2015 John W. Boudreau, Ravin Jesuthansan, David Creelman: WILEY)

 

同氏は、このモデルへの転換を各社の事業戦略に合わせて適切に行えるかどうかが、今後の企業の競争における成否を分けることになると指摘する(現在、米国では、このモデルがさらに進み、DX、Roboticsを基盤とする自動化との間での適合も行わなくてはならないという議論に入っている)。

もうお分かりだろうか。米国の「リモートワークを継続するか否か」という議論は、日本でよく聞かれる「リモートワークを続けることで、昔と同じ生産性を維持できるのか」、「働く場所が自由になった時に、不平等や非効率が起きないか」を主眼に置いてはいないのだ。彼らは、そのさらに先を行っていると言わざるを得ない。

米国企業では、これまでのジョブ型雇用の中で培ってきた外部人材・リソースとの透過性の高さ(Permeable)を極限まで追求し、組織マネジメントの考え方から処遇制度に至るまで、様々な施策体系を柔軟に組み合わせた新たな人材活用モデルを実現に向けて、既にその成果を挙げつつある。

ジョブ型雇用の先へ/タレントの柔軟かつ徹底した活用

米国の例で示した、フリーエージェントに真のプロフェッショナルが集まりやすい環境は、日本においても同様という認識に立つべきである。時代は変わりつつあるのだ。これまでは、日本人特有の集団への帰属意識が企業への人材供給を支えていたが、今では、優秀な人材層ほど就社意識が減衰しており、早い段階でプロフェッショナリティを培うことへの意識を強めている。所得における負担割合の観点からも、米国よりも日本での負担は高く、今後の変化を後押しする可能性は高い。

日本企業においても、競争力を維持していくためには、自社内のナレッジ・人材ネットワークといった自社独自の資産活用に長けた人材を数多く揃えることで勝負するのではなく、顧客により優れたサービスを提供する上で外部の力をレバレッジすることが、より一層求められるようになる。そのためには、これまでの働き方、付加価値の出し方を変化させていくことは避けられないと言えるだろう。

 

図3:ジョブ型の目指す一歩先の世界(イメージ)

現在、日本企業は、変化への適応力を高めるためにジョブ型雇用の導入を急いでいる。ジョブ型雇用は、経営戦略に合わせた人材を獲得し、戦略実現に合わせて活用することで、従来にはない新たな組織能力の獲得を目指すものである。しかしながら、現在は「キャリア自律」という言葉と概念だけが先行し、以前に職務給を導入したように人件費を改めて再配分するという目的に留まっているのではないだろうか。果たしてそれで良いのか、今一度振り返ってみることが有益であると筆者は考える。

いよいよ、パンデミックが終盤を迎えつつある今、改めて自社における組織・人材マネジメントのあり方と向き合う必要性に迫られている。今回ご紹介した事例や考え方が検討の一助となれば幸いである。

 

参考文献:Unilever launches new AI-powered talent marketplace(Unilever 2019年6月24日プレスリリース)

著者
中村 健一郎

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