Leading the people function:Listener(よい聴き手)としてのCHROとは? 

11 4月 2022

前回のコラムでは、マーサーのグローバルの調査結果をもとに、経営戦略の実現と会社経営を牽引するCHROの5大特性についてご紹介した。そこでは、Listener(よい聴き手)、Cultivator(カルチャーを植え付け、育むこと)Storyteller(物語の語り手)Activator(人事機能を活性化する)Transformer(変革者)が人的資本を源泉にグローバル競争に打ち勝つCHROの特性であり、CHROは高次元で「理と情」を併せ持つEmpathetic Economist (情のある合理的経済人)でなくてはならないとお伝えした。

5つの特性のうち、今回はその他特性の基盤といえるListener(よい聴き手)に着目したい。Listen(傾聴)こそがCHROの理と情の両面が顕著に表れる領域と考えるためだ。

「理と情」を併せ持ったListener(よい聴き手)とは?

昨今の複雑性が高く変化のスピードが速い経営環境下においては、CHROが預かる組織・人事課題に関しても、事前に確度の高い解を見出すことは極めて困難である。変わりゆく現実を素早く認識し、自らの立ち位置を定め、アクションを取り、内省しさらに現実に向かうことでしか、前進することはできない。

その場合、いかに組織内外の多面的な現実を迅速に、生々しく捉えられるかが、勝負を分ける。コロナ禍で従業員の声を聴くことや対話の方法を見直した企業が86%に上るのも、こうした課題認識が背景にあると考える*1

*1Mercer, 2022 Global Talent Trends

従業員の声や対話を通して、多面的な現実を把握するにあたっては、単発的な取り組みにとどまらない全体的なListening Strategy(傾聴の戦略)が必要だ。聴くことの目的を定め、そのために最適な対象者と方法論を選定しなくてはならない。

CHROという立場で声を聴く場合、明確に求められる姿勢がある。それはEmpathetic(共感的)であることだ。CHROには、組織内外の様々なステークホルダーとの、新たな協力関係の構築が求められるが、各ステークホルダーが何を考え、どのような期待を持ち、どのような立場に立っているのか?それらを共感を持って聴き、多様な意見・観点から学び続けることが重要となる。相手の能力や意見を値踏みするといったアプローチで対話に臨むのか、それとも相手の意見、考えに好奇心をもって学ぼうとするのか?自らの仮説の検証に目的を置くのか、あるいは問いを通じた双方の内省と学びを促すのか?現環境下でCHROに期待される聴く力は明確に後者ではないかと考える。

効果的な傾聴は、社員の変革へのコミットメントも引き出す。ジョブ型雇用やデジタルトランスフォーメーション(DX)に代表されるように、全社的変革においては社内に多様な意見が生まれる。複雑な問題や痛みを伴うようなテーマほど、社内の意見は割れ、多様な考えや立場が表出することが常である。CHROは、自身と相容れない考えにも耐え、違和感、反対意見、現状を否定するような見解でさえも気兼ねなくぶつけられる、そうしたオープンで信頼できる安全な空間を作り出すことに尽力しなくてはいけない。CHROが、様々な意見を共感をもって聴き、各人の多様なありようを受け止め、その奥にある願いを紐解く。こうした丁寧な姿勢を通じて初めて、変革の取り組みが社員に腹落ちされるのである。

「耳を傾けてもらえるかどうかで、受け容れられていると感じるか疎外されていると感じるかが決まる(“Being listened to spells the difference between feeling accepted and feeling isolated”)*2」と言われている。腹落ちのステップがないことには、変革における面従腹背の壁を超えることは難しい。

*2Michael Nichols, The Lost Art of Listening

どのようにListening(傾聴)を進めればいいのか?

Listening(傾聴)を進めるにあたっては、いくつかの方法があるが、やはり最も直接的な効果が高いのは、1:1の対話あるいはチームの会議であろう。しかし、CHROの忙しいスケジュールを考えると、直接の接点を持てる対象は、自身も一員である経営チームメンバーや、自身のチームである人事、そして社内外のタレントとみなされる人材等、どうしても限定的となる。

こうした状況を補うために、従業員サーベイ、デジタルフォーカスグループ、常時接続型プラットフォーム、パルスサーベイを組み合わせて、幅広く、頻度高く声を聴くことも検討できるだろう。従業員サーベイはこれまでは年に1回、場合によっては数年に1回の大規模かつ詳細な分析を前提とした調査が多かった。しかし、テクノロジーの深化に伴い、従業員サーベイはより簡単な質問項目で構成され、頻度高く、インクルーシブに実施されている。また、日本国内の正社員だけでなく、異なる雇用形態の社員(契約社員、パート、アルバイト、業務委託等)、グローバル各地の社員も対象にできるようになった。

一点留意すべきは、サーベイを活用して声を聴く際、必ず意味形成も併せて実施されなくてはならない点である。サーベイの結果を社内に透明性高く共有し、対話を重ねていくことで初めて、データの裏にある回答者の思いや意図を解きほぐし、異なる認識の間に橋を架けることができるからだ。またよりよく、より深く聴くためには、サーベイのデータを、その他のデータと掛け合わせて検証し、離職やエンゲージメントなどの予測・対応策につなげていくことも有用である。

意図と自覚を持ったListening(傾聴)へ

ここまで、聴くことの重要性と具体的な聴き方を論じてきた。最後に、聴くことは概してラーニングであるということをお伝えしたい。聴くという行為は勇気と覚悟がいる行為である。聴き手は話し手である社員の感情に影響を受ける。また、これまでやってきたこと、やってこなかったことに対して、内省を促される。だからこそ、声を聴き続けるということは、CHROにとって、そして組織にとっての実践的なラーニングの機会であるといえるのではないか。異なる観点を得ることで自身の前提を疑い、人と組織をさらに強くすることができる。

よって、経営チームの一員であるCHROは、今一度組織にとっての聴くことの意義を見つめ直し、明確な意図をもって社内外の声を聴くことに取り組まなくてはならない。CHROはListener(よい聴き手)としての自身の持つインパクトに対して、より一層意図的・自覚的であるべきなのだ。

著者
佐々木 玲子

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