人事機能のベストプラクティスから考える人事権の在り方 

01 5月 2023

人事改革が日本社会・経営改革の主要テーマに

ここ数年来、人材マネジメント変革の重要性が高まっている。

これは、産業界における改革トレンドにとどまらない。日本政府としても、ジョブ型雇用への移行、リスキリングの支援策整備や労働移動円滑化の指針を2023年6月までに整備予定など、日本の雇用システム見直しを視野に入れた、日本社会全体の改革テーマとして位置付けられている。

ジョブ型雇用は、事業戦略を実現するための組織を構成するジョブを定義し、それをベースとして必要な人材を採用・アサインするという考え方だ。従業員は特定のジョブの履行を企業に約束し、企業はその内容に見合った適正な対価の支払いを約束する雇用システムである。

また、この雇用システムを前提としたうえで、労働移動(転職)が円滑化され、リスキリングによってニーズにあったスキルを身に付けることで、構造的な賃金引き上げを狙いとしたものである。

この新たな雇用システムへの変革トレンドにある中、より実のあるものとするために、企業の中で人材マネジメントを司る人事部門が、どのような組織・機能であるべきかを考えてみたい。

変革実現に求められる人事機能とは?

2000年代以降、ミシガン大学のデイビッド・ウルリッチ教授が、著書『HR Transformation(The RBL Group, 2009)』で提唱する人事機能モデルがベストプラクティスと考えられてきた。

ジョブ型雇用は欧米で採用されている標準的な考え方であり、その欧米でベストプラクティスと考えられている本モデルをベースに、自社にとってあるべき人事機能を高度化させることが、最も有力な選択肢と考えられる。

※近年では、Employee Experience向上やHRテクノロジーを中核に据えるモデルも出てきているが、いずれも上記モデルの発展形であるため、説明を割愛する。

具体的には、人事を大きく3つの機能に分け、それぞれの組織化を行うというものだ。

  1.  COE(Center of Excellence):各人事領域の専門家として、人事の各種プログラムやポリシー・ガイドライン等を構築
  2.  HR Business partner(HRBP):事業組織における人事的な課題解決を通じて、ビジネスリーダーをサポート
  3.  Operation:人事に関わる定型的な業務処理(給与計算など)を効率的・高品質に実行

このモデル自体は、すでに定着した考え方であり、日本企業でもHRBPを導入するなど、人事機能の変革は進められている。一方で、人事機能改革が効果的でないという企業も少なからず見受けられる。

2022年にマーサーで実施した人事機能実態調査においても、特にHRBPに関し、役割遂行に必要なスキル不足、HRBPの本来業務に時間をかけられない(オペレーションが多い)などの課題が見受けられた。加えて、ラインマネージャーがHRBPに対する理解・認知が低く、本来求められるビジネスパートナーとしての役割が果たせていないという課題も挙げられていた。

前者の課題については、人材育成・確保、役割や担当を再整理すれば解消されるものである。しかし、後者の課題は非常に根深く、人事のことは人事がやる・人事が決めるという、日本企業の伝統的な人事権の所在に起因したものと推察される。

前述のウルリッチ教授が著書の中で述べているが、人材マネジメントにおけるラインマネージャーの役割を、「顧客、株主、地域社会の期待を実現するために、適切な人材と適切な組織を確保することに最終的な責任を負う」 と記述しており、人材マネジメントはライン(事業部門)が主体となって取り組むべきものであり、人事権もラインマネージャーが持つという点を強調している。

これを踏まえると、近年の人材マネジメント変革トレンドにそった改革を進めていくうえでは、人事権のラインマネージャーへの移譲が一つのチャレンジになると考えられる。

日本企業と海外企業の人事権の違い

多くの日本企業は人事部が人事権を持っている。では具体的に、どのような違いがあるのか。日本企業の特徴が分かりやすいデータを確認していきたい。

以下は、イギリス・クランフィールド大学を中心に人事・労務に関する幅広い内容を対象に実施されている国際的サーベイリサーチ、Cranet Surveyから引用したものである。当データは2011年のサーベイ結果であるため、現在を正確に現すものでない点に留意は必要であるものの、採用、処遇、ワークフォース(人員)の増減に関する責任を人事が持つ割合は、他国と比較して日本が突出して高い。

出典:CRANET (2011)  Cranet Survey of Comparative Human Resource Management: International Executive Report 2011 を基にマーサーにて編集
※Line with HR: ラインマネージャーがHRのサポートを受けて決定
※HR with Line: HRがラインマネージャーのサポートを受けて決定

 

日本以外の国では多くの場合、人事権はラインマネージャー、もしくはラインマネージャーとHRが補完しながら権限・責任を持つが、日本では、人事部が人事権を持つという構図が顕著な傾向として現れている。

今後ジョブ型雇用に代表される、新しい人材マネジメントに変革していく場合、採用、報酬など人事の主要業務をラインマネージャー主体で実行・決定する形に変えていくことになる。ラインマネージャーの負荷は増えるが、これを効果的・効率的に運営できるよう、人事部門の変革も求められる。

このモデルが本当に最適解なのか?

ここまで人事機能ベストプラクティスや、前提とする人事権の所在について述べてきた。近年の人材マネジメント変革トレンドの本質は、事業戦略の実現であり、その主体である、ラインマネージャーが、戦略実現に必要な組織・人材の確保・維持を行えるよう、人事権をラインに移譲していくことは、強い企業・組織を作るための必要要件であると考えられる。

しかし、グローバルスタンダード、ベストプラクティスと言われる、人材マネジメントや人事機能を持つ企業が、いつも順調にいっているかというと、そうではない。

世界で起こっていることに目を向けると、2010年代以降グローバル経済をけん引してきたビッグ・テック企業で、昨年から人員削減の流れが起きている。アメリカにおいては、約10万人のテクノロジー人材が職を失ったと言われている。

要因としては、金利の上昇、潜在的な市場の縮小、投資の減少など挙げられているが、コロナ特需に合わせて過剰に人材を雇用した結果、コスト体質の見直しに迫られたこともその一因であると思われる。これは、事業成長スピード・成長期待に合わせて、人事権を持つラインマネージャーを中心に、人員増加を過度に推進してきたことの弊害ともいえる。

戦略を実現し、成長を加速するため人事権をラインマネージャーに移譲することは必要だ。一方で、これから先、事業環境の複雑性はさらに高まっていく中で、成長機会を逸せず、健全な事業運営を行っていけるよう、ラインマネージャーに人事権を移譲しつつ、適正化や統制の観点からバランスの取れた人事機能をどのように構築していくか、今こそ自社にとっての人事機能の最適な姿を考えるタイミングにあると思われる。

著者
磯部 浩也

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