グローバル視点で考えるHRコスト削減・最適化と成長施策(第3回) RespondからReturnへ:Total Rewardsの見直し 

16 9月 2020

前稿では経済活動を再開するタイミングにおける人事コストの見直しとその際に留意すべき要点について述べた。その続きとして、本稿では新型コロナウイルス(以下コロナ)の影響が報酬制度に及ぼしている、そして今後及ぼす影響について、グローバルトレンドを考察してみたい。

まず、コロナの影響で経営環境が苦しくなっている企業の打ち手として、短期的なコスト削減が考えられる、というのは前稿でも述べた。実際にどれほどの企業がそのような施策を講じているのかというと、図表1のマーサーが海外のグローバル企業1000社以上を対象に、4月9日に実施したアンケート結果をご覧いただきたい。

図表1:2020年4月9日実施のウェビナーでのアンケート結果

回答数418社のうち、約4分の1が給与カット、約5分の1がインセンティブ・ボーナスの支給先送り、と回答した。まだ4月の段階であり、特に後者については、年末が近づくにつれ、傾向としては増すと考えられるが、それにしても給与カットを講じる企業が意外に少数派だとお感じにならないだろうか。ただ、中身を見てみると、この傾向は業種別、職種別で大きく変わるように見受けられる。例えば、ラインが止まる、止めざるを得ない製造業の特にブルーカラーについては勤務時間の削減と合わせて給与カットを実施しているし、いわゆるエッセンシャルワーカーを多く抱える企業などでは、逆に特別手当などを支給している。

給与カットを実施せざるを得ない場合も、コロナ禍の一時的な措置、とすることが大半であるように思われる。ある欧州系製造業でのケーススタディでは、全社員対象に一律10%の給与カットを実施したものの、先の稼働状況をモニタリングしつつ、稼働状況の回復に合わせて措置を撤回する、と最初にコミュニケーションを図った。特筆すべきはこの意思決定のスピードで、3月末に検討を始めて、1週間で全世界十数万人の従業員に対してこのようなコミュニケーションを実施した。

上記のアンケートで、コロナの影響を受けて、中期的に報酬体系を今後見直す、と回答した割合はおよそ1割であった。しかし、傾向としてはこの割合は今後増えてくるのではないかと予想されている。その見直しの一番のドライバーとなっているのは、コロナの影響を受けた働き方の急速な変化である。

図表2から4をご参照いただきたい。これはマーサーが海外のグローバル企業を対象に、7月5日から8月15日の間にウェブ上で実施し、総計1,274社が参加したサーベイの結果の一部である。

まず図表2を見ると、実に約9割の企業がフレキシブルな働き方をEmployee Value Propositionの一部として認識している、もしくは今後そうなると回答している。Employee Value Propositionというのは、従業員がその企業で働くことに対して求める価値であり、報酬制度やキャリア開発、やりがいや人間関係なども含む。いわば労働の対価としての広義での報酬制度を指す。

図表2:フレキシブルな働き方を提供することは、貴社のEmployee Value Proposition(EVP)として認識されていますか?

次に図表3を見ると、フレキシブルな働き方にもいろいろな形がある事が分かる。コロナ以前の日本におけるフレックスとは、いわゆる勤務時間のフレックスを指すことが多かったと思う。コロナでリモートワークが広まり、働く場所のフレキシビリティも市民権を得た感があるが、図表3によると、更にフレキシブルな働き方が、海外のグローバル企業に採用されつつある状況が実感いただけると思う。

図表3:リモートワーク以外に、フレキシブルな働き方を認めている領域にはどのようなものがありますか?

最後に図表4は、リモートワークに限っての話であるが、将来的にコロナ終息後もリモートワークが定着するか、という見込みの調査結果である。これによると、将来的にリモートワークを活用しない、もしくはほとんど活用しない層(=25%未満)は、約4分の1ほどであり、その他は毎週数日以上リモートワークを継続すると見込んでいる。

図表4:リモートワークを活用する社員の割合

図表2の通り、今後は優秀な人材の獲得・引き止めのために、フレキシブルな働き方を提供できるかどうかが、一つの鍵になることは避けられないと思うのと同時に、そのようなコンセプトに付随して、現行の様々な人事制度も見直しを迫られるだろう。例えば、会社都合での異動や転勤は、フレキシブルな働き方とは馴染まないし、会社に来ることが前提になっている通勤手当の継続の妥当性も当然問われることになろう。海外、特にアメリカでは、福利厚生におけるフレックス制度は広くなじみのある制度であるが、今後はその適用範囲と割合もこれまで以上に高くなっていくものと想像される。新しい働き方に合わせた報酬制度の構築が求められるなか、今まさに先行して取り組んでいる事例が、今後どのような市場トレンドとして現れてくるか、継続して注視したい。
著者
北野 信太郎

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