グローバル視点で考えるHRコスト削減・最適化と成長施策(第5回) ReturnからReinventへ向けた中長期的取り組み:Employee Value Propositionの再構築
26 10月 2020
Employee Value Proposition(以下、「EVP」)とは、会社が従業員に労働の対価として提供する価値である。言い換えると、従業員にとってその会社で働く意味とも捉えられる。トータルリワードというと、往々にしてCompensation and Benefit、つまり金銭報酬と福利厚生制度を合わせたもの、として捉えられることが多いが、本来はもう少し広義にEVPを提供する手段全てを指すと考えられる。そのようなEVPには、例えば金銭報酬以外にも、スキルアップの機会や経験、社会的意義ややりがい、生活の安定などが考えられる。
そのため、今回のシリーズの主眼であるHRコスト削減と最適化、というテーマに照らしてみると、現在の会社のトータルリワード戦略が果たしてコロナ以降を見据えた人材戦略に即したものであるか、最適化されているか、を考えることが重要になる。しかし、今後どういったEVPを掲げて人材の獲得と引き止めを目指していくのか、明確に方針を持っている企業は極めて少ないのではないだろうか。むしろ多くの場合は、現在のEVPが何なのかさえはっきりと意識しているとは思えない。
それもそのはず、従来のメンバーシップ型雇用では、ずばり「メンバーの一員」であること自体がEVPであったといえる。そのため、これまで明確に意識せずとも、「大企業」であればそのメンバーの一員になること自体が、社員にとっては雇用保障をはじめとする生活保障や安心・安定という価値をもたらしたと考えられる。
しかしながら、今回のパンデミックを契機として、雇用のあり方が急速に変わっているのは周知の通りである。中でも、上記のメンバーシップ型雇用に対する比較概念として、ジョブ型雇用が注目されている。下図の通り、ジョブに人をアサインする形の雇用モデルでは、そのジョブがもたらすことのできる価値を考え、加えてその任務にアサインしたい人の求める価値を提供する、というマッチングが必要となる。いわば、ポジションごとの人材戦略と、トータルリワードにおけるEVP戦略が密接にリンクする必要が生じる。
ただし、これを実際に戦略から実行に落とし込む上では、クリアしなければいけないハードルも数多く存在し、それなりに痛みを伴う。具体的な例としては以下が考えられる。
的確なターゲティング
採用したいポジションにフィットする人材像ができたとしたら、そのような人材が求める労働の対価を会社からのEVPとして確立し、訴求する。シンプルに言ってしまえばそれだけである。しかし、実際にやってみると様々な課題が浮かび上がる。例えば、会社としては安心・安定を価値として提供したいと考えているものの、採用した人材が、活躍の機会や経験を積むために入社したとすると、不幸なミスマッチが起きてしまう。EVPを絞ってターゲティングするということは、そのEVP像にフィットしない人材はどれほど「優秀」であっても採用しない、もしくは辞めても仕方なし、というスタンスを取るということだ。果たしてそこまで割り切れるだろうか?
実のところ、上記の例でいうと、「優秀」の定義も見直す必要があるのだろうと思う。例えば、これまでのメンバーシップ型雇用において、異動やキャリアなどは会社主導で行われてきたため、「優秀」な人材とは、自律的にキャリアを考えたりスキルを磨いたりする必要はなく、与えられた仕事で成果を出せる人間であっただろう。ところが、今後はそのような人材が優秀と定義されない可能性も否定できない。EVPを見直し、絞るということは、現在の人事制度を根本から見直したり、今社内にいる人材の再格付けを行うことに等しく、大変なハレーションを起こすことは想像に難くないが、そこまで踏み切れるだろうか?
社内外に対するブランディング
上記の通り、今後企業が積極的に採用したい人材は、必ずしも「安心・安定」のEVPでは採用できない可能性が高い。逆に企業が求める人材像を明確に定義し、EVPを再構築したとしても、外から見た企業の看板が「安心・安定の大企業」であれば、残念ながらそれを求める人材ばかりが集うことになる。
EVPを見直すと同時に、社内外にこれを正確に伝え、社内での反応については、並行してパルスサーベイなどを用いて定期的に反応を探ることも必要だ。このサイクルが機能するためにはそれなりに時間が掛かるが、それでもまずは対外的に会社の看板を新しいEVPに掛け直すところから始めなければならないのは自明の理といえる。
言行一致
EVPを見直した結果、報酬制度を含めた人事制度も新しいEVPに沿って設計し直す必要が生じる。例えば、現コロナ禍でやむを得ず広がった感もあるリモートワークであるが、本来は「個々人が働き方を選択できる」というEVPに基づいて実施されるべきものであろう。「EVPを変えました」ではなく、実際の制度にも落とし込む必要がある。
加えて、それを運営するリーダー層の立ち振る舞いも勿論だが、中の社員がそのEVPの価値観を体現できているかも大きな意味を持つ。例えば、上記2にも通じる部分であるが、採用面接に立ち会った人間がEVPを体現できているか、候補者の共感を呼び起こせるか、このようなところから会社のブランディングが構築されていく。
上記の通り、EVPの見直しは様々な困難を伴うが、覚えておくべきは、雇用の流動化がさらに進む中「優秀な人材」に選んでもらうためには、意識的にEVPを打ち出さなくてはもはや人材獲得競争に勝てっこない、という事実だ。