加速する事業売却
05 2月 2021
加速する事業売却
事業再編に向けた定期的なレビュー
世界の主要企業は、経験から学び企業戦略と事業ポートフォリオを定期的に見直している(戦略レビュー、事業ポートフォリオレビュー)。常に変化する経営環境の中で、事業をいつも最適に近い形に保つには、投資・買収と売却の両側を常時検討するのが効果的である。そこで、レビューを定期的に実施し、さらに投資・買収して強化するコア事業と、もはやそうではなくなったノン・コア事業を峻別する。一般的に、これらのレビューは経営が内容を作成し、その重要性に鑑みてガバナンスの観点から取締役会の承認を得る。
レビューは、何かあったときに行うのではなく、何もなくても定期的に予め決めておくことが肝腎である。そうするからこそ、業績が悪化する前に、また事業の状態が良いうちに、あるいは売却の好機が到来したときに、適切な決断ができる。仕組みをうまく作っておけば、人間側の誤作動を抑止できる良い例である。
これに対し、以前から日本の大企業は、買収による事業の強化・拡大には積極的だが、事業の売却には慎重であった。図1は、上場企業における買収と売却の件数の推移を表している。10年近くにわたって、買収による成長機会の追求が盛況となり、その差が拡大したのが見て取れる。
図1:日本の上場企業の事業再編(件数)
緩和する売却への抵抗感
もちろん日本にも売却と買収の両側を大々的に進める企業はある。日立製作所と武田薬品工業がその代表格だ。両社の案件を含めて、2017年以降では毎年7件程度、500億円以上の大型売却が実施されている(図2)。投資ファンドが買い手として重要な存在であることも、よく分かる。
図2:日本企業による子会社・事業売却(500億円以上)
2019年4月発表のオムロンによるオムロンオートモーティブエレクトロニクス(100%子会社)の売却は、報道によるとROICは社内ハードルレートの10%をクリアしており、構造改革の検討対象にはなっていなかったが、自動車業界の大変化(CASE)により今後の事業投資が多額に上るため事業の存続を困難と判断し、日本電産へ売却したものである。また、金額非公開のために図2には含まれていないが、2020年6月には、オリンパスが、自らの「祖業」で業績不振が続く映像機器事業(デジタルカメラなど)の売却を決断した。
思い切った売却は、市場に評価された時には、目に見える株価の上昇を伴う。例えば、前述のオムロンの場合は、発表翌日の株価は一時5.9%値上がりし、11か月ぶりの高値を付けた。また、オリンパスの場合は、発表翌日の株価は一時11.4%値上がりした。
ここ数年、企業ガバナンス強化について官民の取り組みが段階的に行われており、事業ポートフォリオの見直しに対する意識が高まった。加えて、2020年春先からの新型コロナウイルス感染拡大によって、売却への抵抗感の緩和が、一段と加速したように思われる。レコフデータによれば、日本の上場企業による事業・子会社の売却は2020年には399件と、リーマンショック後以来11年ぶりの高水準となった。
売却のスタディを行う価値
さて、M&Aの重要なポイントの1つは、売却も買収もまず一度では済まない、ということである。企業は、常に売却や買収の候補を抱え、良い機会が来ると(あるいは自ら良い機会を作り)それを具体的な案件に移して、実行しようとするからである。
売却では、事業規模の大小を問わず、事業の状態が良いうちに決断し実行すれば、売り手も買い手も従業員もメリットを享受できる「三方一両得」となる。さらに売り手については、よく準備し体制を整えて臨めば、①より良い条件で、②早期に、③手離れ良く、売却できる可能性が高まる。つまり、買い手に対する交渉力を高め、こちら側の業務負荷を下げることができる。
組織・人事まわりだけでも、売却の実務の大変さは大方の想像を超える。「売ってしまうのだから、できるだけ手間や金は掛けない」考え方では、まずこの件がうまくいかず、そしてそのことが以降の案件にも影響する。いつ懸案の売却が顕在化するかの予測が難しいからこそ、一般論として、あるいはやや踏み込んで、平素から売却のスタディを行っておく価値がある。そして、今その価値は、世の中の大きな変化に呼応して一段と高まっている。