事業再編:日本企業の課題
22 3月 2021
日本の長年の根本課題の一つが、生産性の低さである。具体的には、「グローバル視点で考えるHRコスト削減・最適化と成長施策(第6回)ReturnからReinventへ:持続的な成長政策」で、数字を使って説明したとおりである。
事業再編は、企業の生産性向上の打ち手の中でも、最もインパクトが大きい。ここで事業再編とは主として、①買収や経営統合による有効な事業規模・事業内容の獲得、競争力強化、②ノンコア事業の売却による経営資源配分の修正、③戦略子会社の完全子会社化による最大活用、④グループ内再編/組織統合/過去に実施したM&AのPMIの踏み込みである。これらの打ち手は、組み合わせて用いることも多い。
マーサーは、経営環境や事業環境が大きく変わっている今こそ、日本企業が積年の課題に取り組むチャンスだと考えている。その一環として、先日公開した「加速する事業売却」では、日本の主要企業の事業売却に関する最新動向を紹介した。
本稿では、適切な方向に舵を切りつつある日本企業の歩みを確かなものとし、さらに歩速を上げるために必要な視点を論じたい。
事業再編には大方針が必要
組織統合でも売却でもリストラでも買収でも、あらゆる事業再編においてもっとも肝心なのは、適切な大方針が出ることである。方針さえあれば、方針のもとに知恵と力を結集し、適切な計画を策定して実行することができる。
方針案を承認して方針とする機関は明確で、通常は出てきた案を合理的に検討すれば、承認の可否は定まる。上位機関や上司が下に指示を出さなくても、下から良い案が上がってくるのが最上である。また、平素から何を期待しているのか明確にしておけば、そうなる可能性は高まる。しかし、思ったスピード感でそうならないなら、上から指示を出して動かせばよい。
このような健全な緊張関係は、株主⇔取締役会、取締役会⇔CEO、CEO⇔CFO、CEO・CFO⇔事業・機能のトップ、といった連鎖構造をなす。
この中で、取締役会とCEO・CFOの果たす役割は、適切な案を承認するという意味でも、適切な案が良いタイミングで上がってくるように下を督励する意味でも、非常に重要である。督励の最終手段は、責任者の交代によるスピード感と品質の担保である。日本企業の重要テーマである事業再編のペースが、ここで決まる。
気づきを求める
ベンチマークとは、他との比較分析のことである。社内ベンチマークも一定程度有効だが、同業他社(特に海外)や関連異業種とのベンチマークには、学びが多い。成長率、利益率、生産性といった愚直な割り算の結果を比べて、あるいはグループの組織構造や企業数を単純に見比べて、「なぜこんなに違うのか」「世界の定石をもっと知るべきではないか」「そもそも論とここまでの経緯は説明できるけれども、いつまで現状是認を続けるのか」と問題意識を持つところが、すべての議論の出発点である。
取締役会は、良い質問を発することを旨とすればよい。日本でも取締役会の実効性が議論され、メンバーのポートフォリオや討議アジェンダなどに反映されるようになっている。取締役会からの良い質問に応えるべく汗をかくのは、CEOとその先の役割だ。できる範囲の検討でなく、必要な検討を投資してでも行うのがポイントで、そうしなければ大事な問いに答えが出せず、時間を失う。
また、取締役会に限らず、機関投資家やいわゆるアクティビストなども、理に適った骨太の指摘をしてくれる。良い指摘を徒に無視すれば、金融市場で報いを受ける。真摯に検討することこそが、上策である。例えばソニーは、2019年6月にサードポイントから半導体事業の分離・上場の提案を受け、取締役会と経営層に外部専門家を加え、その当否を3か月間検討した。結論は当該事業の継続保有であったが、その旨CEOから書面で回答し、内容の公表も行った。
CEO・CFOのリーダーシップ
もちろん、事業再編のような骨太のテーマについては、CEO・CFOが率先して課題認識のアンテナを内外に高く張り巡らせ、検討をリードするのが基本である。さらにこれを補う上述の仕組みがあるので、いわば上手に活用して、必要な検討をしっかりと進め、実行することが望まれる。
今後の事業ポートフォリオを考えるなら、業界の範囲をどのように考え、どこにどれだけの利益が生まれ、それが中長期でどう遷移するのかについて、自社の定見を持つことが極めて重要である。例えばブリヂストンは、これを2020年7月の中長期事業戦略構想の中で示し、続いて2021年2月にはグローバルの事業再編や今後の投資の方向性を発表している。
また、買収後の統合については、不確定要素はあるが、通常はディールロジックから見通せる部分も大きく、サイニング時から一定の算段をもって、弛まず推進することが望まれる。例えば、2021年2月に、3回目の大型海外買収を発表したルネサスの説明資料では、買収先のどの部門が、既存のグローバル組織のどこと深くかかわるかを図示し、今回のコストシナジーの計画に、過去2回の大型海外買収時の実績をつけて公表している。
おわりに
コロナ禍だけが、変化の引き金ではない。事業再編はずっと日本企業の懸案であったし、その認識は社内の議論だけなく、資本市場や投資家との対話でも醸成され、強化された。時を移さずに、正しいアクションを取った経営者も少なくない。
また、特に伊藤レポートが出された2014年以降、日本におけるガバナンスの基盤整備や、各種の働きかけ・啓蒙が奏功し、以前とは基本認識が大きく変わってきたことも重要である。
さらに、グローバルデジタルプラットフォーム(GAFA…)の隆盛、DXに代表されるビジネスモデル転換、ESG/SDGsへの取り組み、国際関係の緊迫、超長寿社会の出現など、経営環境やわれわれの社会自体が、ガラガラと大きく変化している。
日本の生産性改善の問題は、国を挙げて多方面から取り組む問題ではあるが、この中で事業再編の果たす役割は大きく、また大きな効果も期待される。格好のチャンスを生かす時である。