前のめりなHRDD (人事デューデリジェンス) 

22 9月 2021

前回の記事では、昨今急増しているOut-In案件(海外企業による国内企業・事業の買収案件)におけるHRDDの取り組み姿勢に倣い「前のめりなHRDD」を実施する必要性について述べた。

その対極に位置するのは、さしずめ控えめなHRDDとでも言えようか。大金を投じるM&Aにおいて、誰も消極的にDDを実施するはずはないが、こと人事に関してはもう少しアクセルの踏み代があるような気がする。

今回は、前のめりなHRDDを実施する際の検討ポイントを、いくつか代表的なトピックに沿って紹介したい。

経営者リテンション

新事業への進出や新しいマーケットの獲得を狙いとした買収案件では、対象会社・事業の経営者のリテンションは重要な論点だ。この点、多くのOut-In案件では、現在の経営者をリテインするための施策検討に終始することが多い。それだけ難度が高く、限られた時間・情報の中ではその先の検討がしづらいという事情はあるものの、本来であれば、経営者を買収後の事業計画にコミットさせるタイミング・仕掛けの検討にもっと注力するべきである。

経営者に残ってもらうのは買収目的を達成するためである。ただ残っただけでは意味がない。残った上で期待する成果を発揮してもらうことに意味がある。特に上場企業を買収して非上場化する案件では、現経営者を続投させた場合、ターゲット報酬が非上場企業と比べると相対的に高い水準に留まるため、買収目的に沿った事業計画をしっかりと達成してもらわなければならない。また、リテインした経営者が思ったような成果を出さなかった場合や、想定外に早期に離職した場合に備えて、代替となる人材をどのように手配するのかについても検討を実施しておくことが望ましい(具体的には、対象会社のサクセッションプランのレビュー等)。

さらに、買収目的によっては、初めからCEOを積極的にリテンションしないという選択肢があっても良い。具体的には、CEOの次の階層をリテインし、CEOは買い手から派遣する等である。これは相当センシティブな問題であるため、拙速に判断すべきことではないが、Out-In案件では、買い手が初めからそうしたスタンスで検討していることもさほど珍しくないことは申し添える。

組織体制・配置

対象会社がグローバルに展開している場合、組織体制や要員配置の全容を把握するだけで一苦労である。まず、国別の組織図・要員データを入手する。雇用契約形態や労働協約の対象区分別に整理する。並行して、グローバルの機能別のレポートラインを入手・分析する。これらの現状把握は、DDにおいて避けて通れないものである。

しかし、前のめりなHRDDにおいては、これだけでは善しとしない。例えば、プロジェクトキックオフコールでしばしば聞くフレーズに「当面スタンドアローンで運営する」というポリシーがある。果たして未来永劫スタンドアローンで維持するのだろうか。答えは否だろう。純粋な投資目的でない限り、いつかは統合しなければ、買収効果が最大化されないからだ。

従って、もう少し前のめりなHRDDでは、現状と自社組織の統合を想定した場合の要員削減効果の初期検討をすることになる。また、同業種とベンチマークすることで、機能別で要員過不足状況の推定ができる。対象会社が買い手とは全く異なる事業を営んでおり統合できる領域が少ないと思われる場合であっても、少なくとも管理部門は将来的には統合できるはずであり、そうすべきだ。

人事プラットフォーム

HRDDの基本実施項目の中に、福利厚生・年金制度、人事システム(給与・HRIT、等)の把握は当然に含まれている。これらについても、HRDDの段階で将来の統合をある程度の視野に入れて、初期的な検討をすることが可能である。ベネフィットや保険制度は国ごとに特色があるので、グローバルで全く同じ制度に統合することは難しいとしても、同じ国・地域といった単位で買い手の既存制度と統合することは十分検討に値する。

人事システムについては、各種制度や運営の仕方と表裏一体の関係にあるので、すぐに結論を出すのは難しいが、これも同じく統合見込みでコスト効果の見積もりを行うことはできる。

まとめ

従来型HRDDでは、あくまでも買収後も対象会社の状態を維持することを前提として、正確な現状把握を行うことを主眼としていたのに対して、前のめりなHRDDでは、今後の変化を前提として一歩踏み込んだ将来志向の分析を行う。

実際には、ディールスキームやDDに与えられた時間、買い手・売り手のパワーバランスによっても実施項目は変わるため、買い手がいくら前のめりになったからといって全てが実施できるわけではない。状況によっては、自ずから前のめりにならざるを得ない場合もある。例えば、個別転籍を伴うカーブアウトでは、買い手が自前で人事プラットフォームを準備しなくてはならないため、自社既存制度との比較・活用余地の検討は避けて通れない。この意味では、カーブアウトにおいては否応なしにある程度前のめりなHRDDを実施する必要性があるといえる。

冒頭に、従来型HRDDを「および腰なHRDD」と書こうとしたが、さすがにそれは避けることにした。しかし、プレミアムを付けて買収するにも関わらず、HRについては現状把握に努めるというのでは、ディールチームから見てもいささか物足りなく映るのではなかろうか。HRDDをリードする人事チームとしても、買収後の事業計画達成に貢献するレバーを、プロアクティブに探索・提言していくことが求められている。

著者
野坂 研

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