データ分析事例から紐解く日本企業で男女の賃金差異を生む要因トップ5
02 5月 2024
2022年7月8日に女性活躍推進法の省令・告示が改正されてから1年以上が経過し、企業は男女の賃金差異を開示することが義務付けられた。これにより、企業内の男女間の賃金差異の測定・分析に対する社会的関心が高まっている。
マーサージャパンは 2023年4月、この関心の高まりに応える形で、新しいソリューション「男女の賃金差異分析レポート(Gender Pay Gap Diagnostic)」をリリースした。世界的に認められている統計手法を用いて、男女の賃金差異を従業員の男女の属性差で説明できる部分とできない部分に分解することで、各企業固有の状況を可視化する。
ソリューションの発表から約1年、私たちはワークショップの開催やクライアントとの対話を通じて、実際のレポートをお届けしてきた。こうした取り組みを通じて、日本企業の賃金差異の現状に対する理解を深め、データに基づく貴重な知見を得ることができた。本コラムでは、この知見をまとめてみたい。
説明できる賃金差異と説明できない賃金差異とは?
マーサーの男女の賃金差異の分解アプローチ、ブラインダー・ワハカ(Blinder-Oaxaca) 分解の結果は、以下のような「ウォーターフォール・チャート」で視覚化できる。緑色の棒は、男女従業員の平均賃金差異の総額を表している。30.1%という数字は、2024年4月10日時点の厚生労働省データベース 14,791 社の全労働者における、男女の賃金差異を集計したものだ。合計 30.1%から、真ん中の浮いている⻘い棒は、従業員の属性の性差による賃金差異、つまり説明できる賃金差異を表し、右のピンクの棒は、残りの説明できない賃金差異を表している。
以下のグラフは、これまでにマーサーがソリューション開発段階からサービス提供を通じて実施した男女の賃金差異の要因分解事例を平均化して作成したグラフである。本コラムでは、これを日本における典型的な男女の賃金差異の要因分解結果と見て、日本企業に多く見られる男女の賃金差異の要因について述べていく。ご紹介する事象は複数の分析対象企業において見受けられた事象であり、特定の1企業の事象ではない点はあらかじめ申し添えておく。
差異要因1位:等級
マーサーのこれまでの分析を総合すると、男女の賃金差異の最も大きな要因は等級であり、男女の賃金差異の4-5割は等級の差が原因で生まれている。ほとんどの企業において、男性が高職位・高賃金のポジションに就き、女性が低職位・低賃金の仕事に従事している割合が高い状況が確認できた。また、新卒入社時点で職位や賃金の男女差がほとんどなくても、女性の昇進の遅さや離職率の高さ、産休育休によるキャリア断絶など様々な理由で、職位が高くなるにつれて職位内に占める男性の割合は徐々に高くなるのが、典型的なパターンとして見られた。
一歩取り組みを進めて、すでに女性の管理職の登用が強化されている一部企業においては、社内女性の人材育成が間に合わず、女性の管理職候補が不足していることから、女性管理職には外部採用した中途入社者を配属されている、というケースが多く見受けられた。女性管理職の中途採用は、男女の賃金差異の縮小、女性管理職比率にわかりやすく貢献する効果的な施策であるものの、既存女性従業員に残る男女の賃金差異が放置されてしまうリスクや、キャリアアップの機会を中途採用者に奪われてモチベーション低下を招くリスクもあり、外部採用と社内育成のバランスに苦労されているとの声も聞かれた。
少なくとも、企業にとっては女性従業員層に対する適性の早期見極め、教育・リーダーシップトレーニングによる育成の加速化を通じた女性の人材パイプラインの充実化に加えて、昇格要件に含まれるジェンダーバイアスの解消による管理職登用機会の公平性担保が今後の強化領域と言えるだろう。
差異要因2位:雇用区分
男女の賃金差異に要因として2番目に寄与していたのは雇用区分で、日本企業の性別賃金差異の「1-2割」は性別の雇用区分で説明できる。
業種に限らず「一般職」と「総合職」(これに類する区分)の雇用区分を残している企業では、ほぼ性別によって区分がされていた。ほとんどが男性である「総合職」は、仕事に対する裁量や責任が大きく、幅広い業務経験(異動・転勤を含む)を求められるため、将来の管理職・幹部候補として高い手当と賞与が支給される。一方、ほとんどが女性である 「一般職」社員は、業務をスムーズに進めるためのサポート業務やマニュアルに沿って行う定型業務を中心に担い、同じ場所で同じ仕事を長く担当する場合が多いことから社内での昇進のチャンスは少なく、報酬も低水準にとどまりがちである。ただし業種によっては実態として、雇用区分によって担当業務がさほど違わない場合もあることが状況を複雑なものにしていると言える。
どの企業の社内ルールにも雇用区分に対して性別が規定されていないにも関わらず、伝統的な社会規範、企業文化や風土を前提に、女性は一般職でワーク・ライフ・バランスを重視し、男性は総合職でキャリアアップを追求するもの、というのが暗黙の共通理解となっており、大規模な生産システムさながらに長年にわたって男女の賃金差異を再生産し続けていたように見受けられる。社風にまで染み込だこの風潮を変えていくことは簡単ではない。女性活躍が進んでいる外資系企業の担当者は、キャリアのジェンダーバイアス解消に25年以上取り組みを続けていると話していた。日本企業が、従業員のキャリアアップに関する時代遅れのジェンダーバイアスをなくしていくためには、長期的視点に立った粘り強い社内の風土改革が求められると言えるだろう。
差異要因3-4位:勤続年数、労働時間
次に、寄与度が高かった要素は、「年齢・勤続年数」と「労働時間」で、それぞれ男女の賃金差異の10%前後を構成していた。
多くの企業で、女性よりも男性、低職位よりも高職位のほうが平均的な労働時間・勤続年数は長く、これがそのまま男女の賃金差異につながっていた。長時間労働は高業績につながる、大きな責任を果たすには長時間労働が必要、という考え方が社内の共通認識として残っている組織では、結果としてキャリアアップと労働時間は比例しがちであるが、これは管理職になりたがらない女性を生み出す一因になっている可能性もある。また、これは女性に限らず、ワーク・ライフ・バランスを重視するZ世代従業員にとっても、キャリアに対するチャレンジ控えやリテンションリスクにも影響を与える要素と言えるだろう。
勤続年数や労働時間の男女差については、男女双方を対象とした柔軟な働き方の推進や男性に対する育児休暇等の取得奨励といった施策を通じて改善が期待できる。
差異要因5位:その他の従業員属性
残りの男女の賃金差異の5~10%は、業績評価、部署、従業員層を対象とした手当など、個社特有の要因によって生まれていた。
例えば、製造業では、仕事の性質上、機械オペレーターのほとんどが男性であり、危険手当やシフト手当によって追加賃金を受け取っている。
また、男女の賃金差異は部門によっても異なることがある。例えば、今回の分析事例の中には、営業部門で女性はサポート職に従事し、残業手当やインセンティブがないため、男女の賃金差異が大きくなるケースや、逆に、技術・研究部門等で、女性従業員比率は低いものの、高い専門性を要する業務内容については男女の差があまりなく、賃金の男女差も小さかったというケースもあった。
説明できない男女の賃金差異
これまでのマーサーの分析実績を通じた説明できない男女の賃金差異の平均的な数値は、約3.1%。
賃金差異を説明しうるすべての従業員属性が分解分析に含まれていると仮定した場合、この残りの部分は差別による差異であると解釈できる。
現実的に、説明できない賃金差異をゼロにすることは難しい。人の無意識の偏見によって、常に何らかの男女差別が存在しているからである。人間同士の交渉に左右される中途採用者のオファー報酬決定や、上司が決定する定性的な業績評価といった業務の中では、そもそも差別の定義が難しく、仮に定義できたとしても、人が介在する以上、それを完璧に排除することは不可能に近い。
企業にできることは、男女平等と同一労働同一賃金の原則に基づいた報酬・人事制度の構築・運用であり、例えば、年次評価後の男女バランスの検証や、部門別の多様性KPI等、人間の無意識のバイアスの影響をできる限り抑制するための手立てを打ち、さらには研修や啓蒙活動を通じて、日常の判断における無意識の偏見に自覚を持つことだと言えるだろう。
男女の賃金差異診断とより広範なDEIの取り組みとの連携
2024年3月時点では、日本の男女の賃金差異開示における詳細情報の開示や分析は、開示が義務化されているわけではなく、任意項目と位置付けられている。企業は最低限の法的開示に留めることも可能だが、そうすることで自社の雇用環境の改善・前進の機会を失っていると考えられる。
本コラムでは、マーサーの「男女の賃金差異分析レポート(Gender Pay Gap Diagnostic)」のメタ傾向分析から、日本企業の状況や背景についてご紹介した。男女の賃金差異をなくしていくことは一筋縄ではいかないだろう。しかし、少なくともその原因を知ることは、企業が男女の賃金差異解消に向けた長い道のりの一歩を踏み出す上で大いに役立つだろう。
筆者としては、本コラムが一社でも多くの日本企業にとって、男女の賃金差異を深く分析し、その要因をデータで把握するきっかけの一つになれば幸いである。