今さら聞けない米国医療保険制度 

14 7月 2022

「救急車を呼んだら30万円」
「一日入院をしたら100万円」

米国の医療費に関してこのような話を耳にすることがある。筆者もニューヨークに住んでいた際、米国医療保険はコスト負担や仕組みの面で日本の制度と異なる点が多く驚きの連続だった。本コラムは、米国に進出している企業あるいは進出を検討している企業の皆様に向けて米国医療保険制度のいろはをお伝えしたい。

高額な医療費の背景

米国は医療費がとにかく高額である。マーサーの調査*1によると、2021年は医療費が前年比6.3%上昇している。医療費高騰は様々な要因に起因しているが、2022年のハーバード大学の研究*2は次の3点を主な要因として挙げた。

1. 医療事務コスト

医療費の3分の1が医療事務に関するコストだという。これは、医療事務の分業化と仕組みの非標準化が大きく関係している。医療事務業務は細分化されているため、1人の患者に対して多くの人が関わっており人件費がかさみやすい(診療記録管理や保険請求を専門とする人など多岐にわたる)。また、医療機関や保険会社によって、医療費ないし保険金支払いの仕組みが異なるため、個別に対応するための事務負荷が増える。結果として、医療事務コストに反映される。

2. 医療「ビジネス」という性質

公定価格によって運用されている日本とは異なり、米国は自由診療のため、病院や診療所によって価格の決め方が千差万別である。例えば、マーサーが行った価格調査*3によると、胸部レントゲンにかかる検査費用で120米ドル~1,550米ドルの価格差があった。特に、高所得層が多く居住する地域や病院へのアクセスが限定的な地域においては、高額な医療費設定を行う傾向にある。

3. 高度な医療サービスへのアクセス

米国国民は、予防治療よりも症状が顕著に現れる際に病院を受診する傾向にあるため、高度な医療サービスを利用する頻度が他国と比べても高い。例えば、隣国のカナダと比べると人口1人当たりのMRIの利用件数は4倍、心臓外科手術の件数は3倍にも上る。各医療機関の開発競争もあるため、高額な開発コストが医療費を引き上げる要因となっている。

米国医療保険の仕組み

日本では、国民全員が公的医療保険に加入する国民皆保険制度を導入しているが、米国における公的医療保険制度は非常に限定的で、65歳以上の高齢者・障害者を対象とする「メディケア」および低所得者を対象とする「メディケイド」のみである。カイザーファミリー財団の調査*4によると、メディケアおよびメディケイドの加入者は国民全体の3割に留まり、国民の5割は民間医療保険に加入している。つまりは、米国において民間医療保険の役回りが非常に重要であることが窺える。なお、国の政策により、企業が福利厚生の一環として従業員に民間医療保険を提供しているのが一般的である(2010 年に当時のオバマ大統領の署名によって発効した医療保険制度改革法(通称オバマケア)では、従業員 50 人以上の企業に対して医療保険の提供義務を課している)。

米国「民間」医療保険のポイントとしては、企業が保障内容および医療費の従業員自己負担について自由に設計できるということである。次に、米国の民間医療保険制度を理解する上で役に立つキーワードについて説明したい。

まずは、「ネットワーク」という概念を理解することがスタートである。ネットワークとは、保険会社と契約している医師、病院、クリニックなどの医療機関のことを指す。そのため、ネットワーク内の医療機関はディスカウント価格で医療サービスを受けられる一方、ネットワーク外の医療機関を受診する場合はネットワーク内と比べて医療費が高額となる。

次に主な保険プランだが、メジャーなものとして以下の2種類を紹介したい。

  • PPO(Preferred Provider Organization):ネットワーク内外の医療機関で受診が可能だが、医療費の自己負担割合に差を付けている。
  • HMO(Health Maintenance Organization):主治医を決める必要あり。緊急医療時を除き、ネットワーク内の医療機関しか利用できない。

さらに複雑なのが、医療費の自己負担の仕組みであるが、以下の図1の通り整理ができる。筆者が米国在住中に病院を受診した際、保険が適用されず全額負担を求められ驚いた経験があるのだが、まさしくDeductibleが存在するからである。なお、日本の公的医療保険で考えると、Co-insurance(自己負担割合)はお馴染みの窓口負担3割に該当し、Out of Pocket Maximumは高額療養費制度に近い仕組みだと言える。

 

図1. 医療費の自己負担の仕組み

 

図2. 医療保険プラン(具体例)

プラン例
Deductible US$1,000
Co-payment US$20
Coinsurance 20%
Out of Pocket Maximum US$5,000

 

よりイメージを持っていただけるよう具体例を踏まえて説明したい。上記図2のプランに加入している人が盲腸の入院・手術をした際、病院から診察費US$150、検査/手術/入院費 US$10,000の請求があったとする。この場合の自己負担額は次の通りだ。診察費はCo-paymentと同額になるためUS$20の自己負担、次に検査/手術/入院費US$10,000に対しては、まずDeductibleのUS$1,000は自己負担、残りのUS$9,000に対してCoinsurance 20%のUS$1,800は自己負担となる。よって、自己負担額の合計は、US$2,820(US$20+US$1,000+US$1,800)である。なお、入院が長引き追加の医療費が発生した場合、Out of Pocket MaximumのUS$5,000までは自己負担で、それ以上超える分は全額保険でカバーされる。

企業目線での医療保険の意義と対応

このように高額で複雑な医療保険に対し、企業はどのように向き合えば良いのだろうか。保険はそもそも何かあった際のセーフティーネットであるが、米国においてはそれだけの意味合いに留まらない。保険の付加的な性格の一つは、医療保険を中心とした福利厚生保険が総報酬の重要な項目として認識されており、適切なベネフィットの提供が優秀な人材確保および従業員のリテンションに直結している点である。上述の通り、米国の民間医療保険の役割が重要であることに加えて、自由な制度設計が可能なため、企業ごとに従業員へ提供している医療保険の内容(保障内容やコスト負担)は異なる。したがって、米国において人々が転職を検討する際、賃金と年金に並び、企業がどのような「医療保険」を提供しているかを重要視する傾向が強い。従業員の医療保険に対する意識が日本とは全く異なるのである。

医療保険に対して非常に高額なコストがかかっている点もご留意いただきたい。マーサーの調査*5によると米国において従業員一人当たり$14,718のコストが毎年かかっている。これは、従業員が100名いる企業においては、医療保険が億円規模に膨れ上がるということである。さらには、毎年の医療費高騰に連動し、医療費を賄うための医療保険コストの上昇も米国においては顕著である。これらの背景を踏まえ、企業は医療保険のコストコントロールに取り組むことが不可欠である。

さらに、昨今「ウェルビーイング」という言葉をよく耳にするようになったが、従業員の身体的・精神的・経済的・社会的ウェルビーイングに注目をし、様々な施策に取り組んでいる企業も増えている。従業員の健康を確保するための医療保険もウェルビーイングと大いに関係している点にも一言触れておきたい。

マーサー マーシュ ベネフィッツにおいては、日系企業が米国拠点で現地従業員向けに提供している民間医療保険の可視化やマーケット水準との比較分析、さらには現地保険制度最適化サービスを提供している。医療保険と聞くと、社会保障が手厚い日本ではベネフィットの中で後回しになりやすい分野だが、米国では一丁目一番地であるため、今一度目を向けてみるのはいかがだろうか。

 

*1 *5 Mercer National Survey of Employer-Sponsored Health Plans 2021
*2 Harvard Magazine: The World’s Costliest Health Care…and what America might do about it by David Cutler, 2022
*3 Mercer “Consumer Driven healthcare; Activating Consumerism.” 2006
*4 Kaiser Family Foundation "Health Insurance Coverage of the Total Population." 2018

 

著者
江間 唯
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