見直される管理職研修 今、管理職に求められる新たなスキルとは? 

16 8月 2022

管理職(マネジャー)を取り巻く環境変化

管理職が、大変な時代を迎えている。筆者は、マーサージャパンにおける人材開発部門のリーダーとして、様々な企業研修で講師を務めているが、研修現場で日々それを実感する。 

デジタル化、グローバル化、オープンイノベーション、リモート勤務に代表される働き方の変化や、多くの企業が関心を持つジョブ型人事。トップからはアジャイルな事業・組織運営を求められ、年上や外国人の部下もいればZ世代もいる我がチーム。管理職を取り巻く環境は、かつてないスピードで変化し、それが管理職のマネジメントのあり方に大きな変化をもたらしていることは想像に難くない。

孤立化する管理職

そのような環境変化の荒波にいる管理職の皆さんと、研修やワークショップでご一緒する度に、管理職の孤立化を感じる。本稿時点(2022年8月)で再度コロナ感染症はピークにあると思われるが、上期は多くの企業でリアル集合型の研修が再開された。

いわゆるマネジメント研修に集まる管理職の皆さんには、様々な悩みがあるだろうと予想はしていたが、実際は想像をはるかに超えていた。研修とは主に、スキルや知識を付与する内容で設計されているが、どの研修でも一番盛り上がったのは、参加されている管理職同士での日頃のマネジメントの悩みの共有化だ。 

経営のスピードが早まり、これまでのスキル・経験で乗り越えることが難しい場面に多く直面しつつも、リモート勤務が中心となる中で、誰にも相談できずに孤独な闘いを強いられてきたのだろう。多様化する組織で、誰かが、誰かの問いの答えを持っていることは十分に期待できるわけで、こうしたライブ感のある相互啓発や体験の共有化による組織開発の重要性をまざまざと見せつけられた思いだ。「リアルに集まること」自体が研修としての価値を持つ側面が強くなっている。

新たに求められる管理職のスキルとは

さて、新たに重要性を増しつつある管理職への研修だが、その内容については各社、これまでとは異なる内容にしたいが、どのようなスキル付与が有効なのか、と頭を悩ませている印象を受ける。

本稿では、そのようなお悩みを解消すべく、人材開発の現場から、管理職に求められる3つの新たな重要なスキルを提唱したい。

 

  1. 様々なマネジメントの場面で活用できる言語化力
  2. 事業目標達成と部下の成長を高度に統合できるストレッチ・アサイン力
  3. 管理職としての役割を完遂するためのアサーティブなコミュニケーション力

 

様々なマネジメントの場面で活用できる言語化力

若手の社員から「もっと具体的にフィードバックが欲しい」といった要望や、「この仕事の目的と背景を教えてください」といった質問を受ける方も多いだろう。あるいは、アジャイルな事業・ビジネス運営という名のもとに、これまでと180度異なる方針が決定され、それを部下に説明し、納得させることを求められたという経験を持つ方もいるはずだ。これまでの「言わなくても分かるだろう」というハイコンテクストな世界観を前提にしたコミュニケーション力では管理職として通用しなくなってきている。

ここで提唱している言語化力とは、マネジメントの場面における効果的なコミュニケーションを担保するために、適切な言葉選びや比喩、時に抽象化して本質を示したり、逆に具体的な事例や理論の提示で理解を深めさせたり、いわば伝えるべき内容を適切に言語として表現し、論理的に説明できるスキルだ。

具体的にイメージできるように、これから簡単な例を紹介する。製造業A社は、製造する商品が、巨大かつ高額であり、お客様との成約には長い営業活動による相互の信頼関係の醸成が欠かせない。業界内では、顧客に直接お会いして、コミュニケーションをとることが、顧客側からも評価される重要なポイントとなっている。

しかし、ある若手社員から「本当に顧客にわざわざ会いに行く必要があるのか?メールでもいいし、リモート会議だっていいじゃないか」と言われたら、あなたならどう答えるだろう?「昔からこの業界の営業はこうだ」、「とにかく行け」、あるいは「顧客が望んでいるのだから、そうするのが当然だ」と答えるだろうか。

この場合、「直接的に顧客に会いに行く」という営業手法のメリット・デメリットや、その方法が業界で取られている背景について、論理的に伝える必要がある。そのためには、「伝え方」以外にも、根拠となる原理や法則、エビデンスも含めた方がより納得感が高まる。

例えば、「メラビアンの法則」の理論を活用してみてはどうだろうか。人間のコミュニケーションは7%が言語情報、38%が聴覚情報、55%が視覚情報という法則である。仮に、直接訪問の重要性を伝えるために、この理論を引き合いに出すならば、次のようになる(図1. 「営業訪問の重要性とは…」を参照)。

「人間のコミュニケーションは、7%が言語情報、38%が視覚情報、55%が視覚情報から成り立つと言われている。お会いした際の顧客の表情や態度、特にこちらから取引条件を提示した際の相手の表情や雰囲気の変化は重要な営業情報であり、判断のキーとなる。顧客訪問を全くしないというのは、この50%もの顧客情報を捨てているということにならないだろうか?ぜひともこの顧客に会ってみて、あなたはどのような印象を持ったか、私に報告してもらいたい」

顧客の直接訪問が単なる業界慣習ではなく、重要な効力を持つ営業アプローチであることを、管理職は論理的に言語化して説明することが求められるのである。

 

図1. 営業訪問の重要性とは・・・

事業目標達成と部下の成長を高度に統合できるストレッチ・アサイン力

管理職とは、事業の目標を達成するために、組織から与えられた経営資源である人材を適切に管理し、最終的な成果を組織にもたらす存在である。その意味においては、経営資源である人材の成長は、すなわち自らが管理する組織の成果向上に直接的につながる重大事だ。管理職にとって、事業目標達成と人材の育成は密接に結びついている。

人材の成長への貢献要素については、よく広まっている考え方として ①70%が職務経験 ②20%がコーチングやフィードバック ③10%が研修 という比率がある。研修はその所要時間(1日や2日程度)に対して10%を占めるため、非常に効率的な手段ではあるが、やはり70%を占める職務経験に勝る育成手段はない。

管理者は、事業から要請される成果を達成するために必要な課題の抽出や、タスク・プロジェクトの設定を行う。不確実性が高まる事業環境下、成果につながるタスクを明確に定義し、それを部下に与えられるかという点は、管理者にとって非常に難しい課題である。事業への理解・論理的思考・過去や周囲の経験値などを総動員して、今やるべきことを定義しなくてはならない。

一方で、組織の成果を中長期的に拡大するためには、職務を通じた人材育成を同時に行うことになる。そのために、まず管理者は、タスクの難易度を見極め、必要な能力やスキル・適性を整理する必要がある。その上で、誰にそのタスクを任せるのが最適かという視点で、役割分担(アサイン)を検討する。

この時に管理者は、自らのメンバーの職務経験・能力・スキルの把握だけではなく、本人の動機や中長期のキャリア志向も踏まえた上で、育成の視点も持ち、誰にどこまで任せるべきかを判断する。成長には一定の難易度が必要なため、成果の条件や支援のあり方を考えつつ、ちょうど良いストレッチした難易度で部下にタスクを割り振ることになる。

この事業ニーズと人材ニーズ(組織・個人)の双方を合致させた役割分担を設計する能力こそ、ストレッチ・アサイン力と定義したい。多くの管理者研修やアセスメントを行う最中、やはり優秀な管理者・経営候補者はこのような事業と組織・人材の成長を統合的に考えられる方が多いと感じている。

管理職としての役割を完遂するためのアサーティブなコミュニケーション力

最後に、アサーティブなコミュニケーション力について触れたい。アサーション・コミュニケーションと呼ばれることも多い、最近注目されているコミュニケーションスキルの一つである。一言でいえば、「相手を尊重ながら、自身の意見を的確に伝達するスキル」である。複雑で多様化するステイクホルダーに対して、相手に応じて「理解してもらえる」「納得してもらえる」形で、こちらの言いたいことを伝えなくてはいけない場面が増えてきている。

昭和な言い方をさせてもらえば、「ものは言いよう」である。ステイクホルダーが多様化するなかで、あからさまに「それはちょっとうちにリスクがありすぎて出来ません」と伝えることはなかなか難しい。逆に、「たしかにA案はメリットがありますが、~というリスクに対しては脆いかもしれません。 リスク対応が取れない限りは、選択が難しいオプションに見えます」と伝えたらどうであろうか? 目論見通り、なんとか断ることも可能であろうし、場合によっては新たな改善オプションのアイデアも含めてコラボレーションが広がる可能性もある(図2. 「アサーティブコミュニケーションのステップとポイント」を参照)。

 

図2.アサーティブコミュニケーションのステップとポイント

 

このコミュニケーションスキルについては、様々な場面での活用が期待できる。マーサーでも、下記のような場面を外部の俳優に演じてもらい、リアル・ロールプレイによるコミュニケーションを実地で鍛えるような研修もクライアントに提供し始めている。

 

  • 年上の部下に対する周囲からのネガティブなフィードバックを伝え、行動変容を促す場面
  • チームの状況を理解せず、明らかに無理な要求を押し付けてくる上司に要求の撤回を依頼する場面
  • オープンイノベーションで協働が必須の研究団体であるが、こちらの依頼への対応が遅すぎる点に対して、関係性を崩さずに指摘をする場面
  • チームとしては重要なタスクでだが、部下のキャリア志向と異なる役割を与えないといけない場面

 

今回は、管理職にとって新たに必要とされている3つのスキルを仮説としてご紹介した。3つのスキルのうち、2つはコミュニケーションに関係しており、それら内容にも重なる部分が多い点は、注目に値する。

デジタル化、グローバル化、ダイバーシティの進展、リモート勤務の浸透、キャリア自律に目覚める若手、増えるプロジェクト型業務、オープンイノベーションの推進。

事業を取り巻くあらゆる環境変化の中で、管理職は様々なステイクホルダーに対し、最適なコミュニケーションを取りつつ業務を進めることが求められている。まさに、コミュニケーションスキルそのものが、管理職にとって極めて重要なスキルとして再認識される時代になりつつあるのだ。

 

著者
前川 尚大

組織・人事変革コンサルティング部門 人材開発プラクティスリーダー

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