「多様性の確保」(コーポレートガバナンス・コード補充原則2-4①)に対する日本企業の対応 

25 8月 2022

「多様性の確保」に関する開示は強化する一方、取り組みは道半ばの日本企業

近年、ダイバーシティ・エクイティ・インクルージョン(DEI)推進のために、多様性の確保に対する開示指針や男女の賃金格差是正に向けた動きが出ている。例えば、2021年6月のコーポレートガバナンス・コード(CGコード)改定で「原則2-4. 女性の活躍促進を含む社内の多様性の確保」の補充原則として以下の内容が追加され、コーポレートガバナンス報告書等において多様性の確保に関する開示が求められている1

 

CGコード補充原則2-4①

上場会社は、女性・外国人・中途採用者の管理職への登用等、中核人材の登用等における多様性の確保についての考え方と自主的かつ測定可能な目標を示すとともに、その状況を開示すべきである。また、中長期的な企業価値の向上に向けた人材戦略の重要性に鑑み、多様性の確保に向けた人材育成方針と社内環境整備方針をその実施状況と併せて開示すべきである。

 

また、厚生労働省は、2022年7月8日に女性活躍推進法の省令・告示を改正、同日施行を発表した。省令・告示の改正に伴い、女性の活躍に関する情報公表項目として「男女の賃金の差異」が追加され、常用労働者301人以上の大企業に対して情報の公表が義務化される2

DEI推進状況に関する開示の動きが出ている一方、取り組みは道半ばだ。日本の「ジェンダーギャップ指数」は146か国中116位3といまだ低い状況である。4つの評価項目(経済、政治、教育、健康)のうち、政治分野に次いで低迷するのが経済分野で、管理職や収入での男女格差が大きかった。

 

図表1:Global Gender Gap Index 2022 Edition, Japan score

 

また、女性管理職比率に着目する。民間企業の女性管理職比率はいまだ低い状況が続いており4、「2020年代の可能な限り早期に30%程度にする」という政府の目標には程遠い状況となっている。

 

図表2:階級別役職者に占める女性の割合の推移

 

日本におけるDEI推進がいまだ道半ばであるなか、今後各企業に求められることは、社外向けの「形式的な開示」に留まらない、経営戦略の一環としての「本質的な取り組み」である。

本稿では、多様性の確保を進める日本企業にとって参考になるよう、DEI推進において「本質的な取り組み」を行っていると思われる東急株式会社の事例を紹介する。

DEI推進に向けて、たゆまぬ努力を続ける東急株式会社

東急株式会社は、2022年に創立100周年を迎え、「美しい時代へ」というグループスローガンのもと、“サステナブル経営”を基本姿勢として事業を推進している。事業範囲は幅広く、現在では交通事業・不動産事業・生活サービス事業・ホテル・リゾート事業等を展開している5

当社は、「なでしこ銘柄」唯一の10年連続受賞企業である6。「なでしこ銘柄」とは、経済産業省と東京証券取引所が共同で、女性活躍推進に優れた上場企業を選定する制度だ。2017年度以降導入された”ダイバーシティ2.0行動ガイドラインの7つのアクションの業種平均偏差値”を見ると、当社は全体としてバランスよく評価を獲得しており、中でも「管理職の行動・意識改革」「情報開示」の点数が際立っている7

当社の過去10年の取り組みは、下記の通りである8

 

 

図表3:東急株式会社のダイバーシティマネジメントに関する取り組み

 

当社の特徴は、A) 監督・B) 執行・C) DEI推進部門・D) 社員が一丸となってDEIを推進している点にある。具体的に、DEI推進における各者の役割を確認する9

  • A) 監督

    取締役会及び人材戦略に関するアドバイザリー・ボードにて、執行・DEI推進部門を監督

    • 取締役会が、DEI推進部門の方針及び施策の結果を定期的に議論
    • 2016年度に「人材戦略に関するアドバイザリー・ボード」を設置し、「人的資源」について社長を含むメンバーが社外取締役を交えて議論。「中長期的な企業価値向上」を目的に、議論内容を次代のダイバーシティ経営・人材戦略へと反映
  • B) 執行(CEOを含む経営陣)

    定量的・定性的な目標を設定し、社内外へコミットメントを発信

    • ホームページの社長メッセージを通じて、DEI推進へのコミットメントを社外に発信
    • 2015年度、グループ理念に「個性を尊重し、人を活かす。」を掲げ、中期3か年経営計画の重点施策に「ワークスタイル・イノベーション」を明記
    • 2017年度、管理職マネジメントセミナーにおいて「ダイバーシティマネジメント宣言」を行い、あらゆる従業員の個性を尊重する旨等を宣言
    • 2021年度、「中期3か年経営計画(2021-2023年度)」を新たに発表。人材戦略において、“個”の最大化の支援により企業価値の最大化を図ることを明記し、具体的な取り組みのひとつとして「ダイバーシティマネジメントの推進」を記載
    • 女性活躍推進法に基づく一般事業主行動計画を策定。2023年度までに女性管理職比率10%以上、男性育休取得率100%の2点を目標として設定
  • C) DEI推進部門

    執行側で設定された目標の達成に向けて、体制強化を行うとともに「制度・風土・マインド」の観点から多種多様な制度を導入

    • DEI推進部門の体制強化
    • 2013 年度に、「多様性を生かす組織づくり」を目的に、部門を横断した「ダイバーシティ推進ワーキンググループ」を設置
    • 2014 年度より、「ダイバーシティ・キャリア開発課」を推進中核機能として設置
    • 2016年度からは全社横断の拡大ワーキンググループへと移行
    • 2019年4月に「ダイバーシティ・キャリア開発課」から、「労務企画グループ ダイバーシティ推進担当」へ
    • 執行側で設定された目標を基に、「制度・風土・マインド」の観点より施策を導入
    • 制度:スマートチョイス(時間や場所に捉われない 働き方)やフレックスタイム制の導入、人事評価制度の見直し、1on1ミーティングの導入、個々人の課題感に合わせた選択型研修プログラムの提供等、「個」の最大化を支援する各種取り組みを実施
    • 風土・マインド:女性管理職フォーラムや管理職マネジメントセミナーの実施。その他、全役員へのメンター制度の実施、身の回りのダイバーシティに関するテーマを学べる「Dマガジン」の発行や価値観の違いに着目したオンラインイベントを開催
  • D) 社員

    DEI推進部門が導入する制度を評価及び主体的に協力

    • 2019年度より従業員エンゲージメント調査を導入し、社員が人事施策の実効性を客観的に評価、計画や取り組みの改善に反映
    • 育休取得対象者のみならず、周囲の同僚や上司等、チーム全体で積極的な協力体制を取ることで、男性育休取得率を改善。現場の管理職層が積極的に部下に育休取得を促進しているだけでなく、取得促進の旨をイクメン・イクボス対談で社内外に発信
A) 監督・B) 執行・C) DEI推進部門・D) 社員が一丸となって、女性を含む多様な人材活躍の推進を行ってきた当社は、定量的な目標においても成果を出している。女性管理職比率は、2020年度実績で8.3%(2014年度は4.2%)と目標の10%に近付いており、男性の育休取得率は、2020年度に82.1%(2015年度は9.5%)まで上昇し、女性活躍推進の土壌が確実に醸成されていると言える10

経営戦略の一環としてのDEI

東急株式会社では、監督・執行・DEI推進部門・社員が一丸となりDEI推進に取り組んできた。当取り組みを、「ダイバーシティ2.0 行動ガイドライン 実践のための7つのアクション」11

① 経営戦略への組み込み
② 推進体制の構築
③ ガバナンスの改革
④ 全社的な環境・ルールの整備
⑤ 管理職の行動・意識改革
⑥ 従業員の行動・意識改革
⑦ 労働市場・資本市場への情報開示と対話

に照らして評価すると、当社が①-⑦のアクションを遂行していることは前述の内容より明らかである。

 

 

図表4 ダイバーシティ2.0 行動ガイドライン 実践のための7つのアクション

 

ここで特に注目したいのは、当社が「形式的な開示」に留まらない「本質的な取り組み」を遂行できた背景として、②-⑦のアクションに先立つ「①経営戦略への組み込み」の必要性が高かったという点である。

当社の歴史を振り返ると12 、祖業である鉄道事業を中核として成長を遂げてきたものの、1998-2004年には金融危機及び会計制度変更の影響でグループ存亡の危機に直面し、グループ会社・事業の再編を通じた財務健全化を図ることで危機を脱している。そして、その後2005-2014年には成長路線を歩み出し、新規事業の展開や海外事業への再進出を進めている。

経営戦略上、祖業である鉄道事業から事業を多様化させていくことは不可避であり、その過程で組織を変化させる必要性が極めて高まった。従来は安全第一と事故防止をモットーとする鉄道会社として、生え抜き男性社員の上意下達によるピラミッド型の組織であったが 、事業の多様化により多種多様な人材が活躍する組織づくり、すなわちDEIが喫緊の課題となったのである。本課題を解決すべく、CEOを含む経営陣は、経営戦略の一環としてのDEIの必要性を各者に共有することで巻き込みを図り、会社一丸となってDEI推進を遂行した。このことこそが、当社が「本質的な取り組み」を遂行できた背景であると考えられる。

今後各企業が「形式的な開示」に留まらない「本質的な取り組み」を進めるにあたっては、「DEIを経営戦略の一環として位置づける必要が本当にあるのか」を自問自答することから始めていただきたい。その上で、必要性を各者に共有することで巻き込みを図り、推進体制の構築やガバナンス改革、取り組み内容の再構築等を行うことが重要である。

 

本稿が、日本企業の多様性確保に向けた一助になることを願っている。

 

 

参考文献

1 株式会社東京証券取引所 「コーポレートガバナンス・コード」(参照 2022-08-03)
2 厚生労働省 「女性活躍推進法特集ページ・男女の賃金の差異の情報公表について」(参照 2022-08-03)
3 World Economic Forum 「Global Gender Gao Report 2022」(参照 2022-08-03)
4 男女共同参画局 「男女協働参画白書 令和3年版」(参照 2022-08-03)
5 東急株式会社 「中期3か年経営計画(2021年度-2023年度)」(参照 2022-07-19)
6 経済産業省 株式会社東京証券取引所 「令和3年度なでしこ銘柄」(参照 2022-07-12)
7 経済産業省 株式会社東京証券取引所 「令和2年度なでしこ銘柄」(参照 2022-07-12)
  経済産業省 株式会社東京証券取引所 「令和元年度なでしこ銘柄」(参照 2022-07-12)
  経済産業省 株式会社東京証券取引所 「平成30年度なでしこ銘柄」(参照 2022-07-12)
  経済産業省 株式会社東京証券取引所 「平成29年度なでしこ銘柄」(参照 2022-07-12)
8 東急株式会社 「ダイバーシティマネジメントに 関する取り組み」(参照 2022-07-19)
9 東急株式会社 「ダイバーシティ推進体制」(参照 2022-07-19)
  東急株式会社 「人材育成」(参照 2022-07-19)
  東急株式会社 「イクメンインタビュー」(参照 2022-08-05)
10 経済産業省 株式会社東京証券取引所 「平成26年度なでしこ銘柄」(参照 2022-07-19)
11 経済産業省 「ダイバーシティ2.0行動ガイドライン」(参照 2022-08-10)
12 東急株式会社 「100年の歩み」(参照 2022-08-12)
13 Human Capital 「東急、「個」の最大化を支援、社会の多様性を体現する組織に挑戦」(参照 2022-08-12)

 

著者
須藤 実彩
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