海外駐在員と不妊治療保障 

19 1月 2023

海外駐在員および帯同家族への不妊治療保障について日系グローバル企業からの問い合わせが急増している。

 

健保適用範囲が拡大し、人工受精・体外受精・顕微授精も保険適用に

駐在員の不妊治療保障に関する問い合わせ数の増加は、今般の健保適用範囲の拡大に起因している。少子化対策の一環として不妊治療の経済的負担の軽減を目的に、2022年4月から、タイミング法や人工受精といった一般不妊治療、体外受精や顕微授精といった生殖補助医療が新たに健保適用となった(下図参照)。「健保適用であれば全額会社負担」「健保適用外の自由診療分は駐在員負担」という健保適用か否かで判断する、いわば「健保基準」で判断している企業の場合、この改正を受けて、海外駐在先での体外受精費用(内容によっては数百万円)を負担する可能性が生じている。このような背景のもと、日系グローバル企業から駐在員への不妊治療保障についての問い合わせが増えている。

 

厚生労働省「不妊治療に関する支援について」概要版をもとに筆者作成(不妊治療に関する取組 |厚生労働省 (mhlw.go.jp)

 

海外での不妊治療は高い?

不妊治療自体、高額なイメージを持つ方が多いと思われるが、海外での不妊治療の費用は想像をはるかに超える。日本での不妊治療の総額費用は1人約130万円という調査結果1もあるが、元来医療費の高いアメリカでは300万円~600万円程度かかることも稀ではない。また、不妊治療は妊娠するまで複数回施術する必要があるという性質上、治療費の総額が高額になりやすい。

 

1 メルクバイオファーマ株式会社「第4回 妊活®および不妊治療に関する意識と実態調査調査結果概要」2020年(202009_Ninkatsu-investigation_JP.pdf (merckgroup.com))

 

海外駐在先での不妊治療費は誰が負担するのか?

では、なぜ高額であるにも関わらず海外駐在先で不妊治療を行うのか。その背景には、日本で受けていた治療を継続したい等の個々の事情に加え、治療費を会社が負担していることも大きく関係している。海外駐在時の医療費に関しては「健保適用対象治療であれば会社が全額コスト負担する」と駐在員規程で定めている企業も多い。したがって、不妊治療に関しても、日本にいる場合は3割負担で数十万円の自己負担が発生するところ、海外駐在先で数百万円かかろうとも健保適用範囲内の治療である限りは会社が負担するため、海外駐在先での不妊治療は金銭的なハードルが低くトライしやすい傾向にある。

 

不妊治療への対応は、①上限金額の設定、治療回数の制限・②不妊治療を保障する保険への加入

駐在員規程で「健保基準」を採用している企業は、不妊治療保障に今後どう対応すべきだろうか。健保適用対象なら医療費は会社負担としている従来の「健保基準」の駐在員規程を見直し、「健保基準」から脱却するにあたり大きく以下の二つが考えられる。

①上限金額の設定、治療回数の制限
特別な医療行為として不妊治療保障について新たにルールを定める。会社還付の上限金額の設定や治療回数の制限などを設けることで、会社からの全額還付をやめ、駐在員にも一部費用を負担させる仕組みを構築する。

②不妊治療を保障する保険への加入
さらに、「健保基準」から脱却する場合の選択肢として保険の見直しがある。短期の海外派遣を前提とした旅行保険では不妊治療は対象外となるが、グローバル企業が駐在員対象に利用できる「グローバル医療保険」では、各種予防治療、出産費用と同列に、不妊治療を保障するので、こうした保険への加入も有効な手段である。

 

個人情報保護と不妊治療

①と②どちらが適切な対応策かは企業によって異なるが、上記と合わせて個人情報保護についてもご留意いただきたい。本来、治療の内容はセンシティブ情報であるため、不妊治療をはじめとした全ての治療において慎重な取り扱いが必要である。しかし、従来どおり会社が治療費の全額を負担する場合や、①で治療回数や金額を制限する場合、会社負担分の算出のために、いつどこでどのような治療を受けたのかを駐在員が会社に提出する必要がある。個人情報保護の観点からは、治療内容を企業に報告させることは好ましくなく今後の対応について検討の余地が残る。この点、②のように保険に加入した場合は、企業に治療情報等が渡ることはなく個人情報保護についてはクリアできる。

不妊治療に取り組みやすい環境の整備を求められる現在、駐在先でも安心して治療を受けられる保障枠組みの構築は重要であり、また、国内勤務者と比較して、ストレス要因の多い海外駐在員に対しては一段上のケアが必要だろう。本稿が自社の駐在員への不妊治療保障ひいては医療保障枠組そのもののアップデートについてご一考いただくきっかけとなれば幸いである。

 

著者
鈴村 玖未
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