コロナ禍を経て再考したい、海外派遣を成功に導く必要条件 

29 6月 2023

画一的で手厚い海外派遣者処遇

「海外派遣」や「海外駐在」と聞いた時、あなたは何を連想するだろうか。

派遣者本人は遠く離れた海外の厳しい環境で業務を遂行し、専業主婦の妻は駐妻として華やかな生活、子はインターナショナルスクールに通う。給与では、高額な海外勤務手当、ハードシップ手当などの各種手当が付与され、帰国時には潤沢な貯金を蓄えられる……。

このようなイメージはもはや遠い過去のものであると思われる方もいらっしゃるかもしれない。しかし、本当にそう言い切れるだろうか?また、本コラムの読者の中には海外派遣者処遇は手厚いというイメージを少なからずお持ちの方もいらっしゃるのではないか。

日本企業の海外派遣が活発化した1980年代以降、海外給与の設定において多くの日本企業が採用したのが購買力補償方式だ。いずれは国内勤務者へ戻ることが前提となっていることから国内勤務時給与を基礎として、派遣期間中は派遣先における税制、物価、為替等の違いにより生じる派遣者間の有利、不利を極力排除することを目的とした合理的な考え方である。

一方で、これまでは慣れない海外での業務を企業が強いる形での派遣が多かった背景から、企業側は特に「経済的に損をさせない」意図が強く、海外派遣者の処遇は手厚くなりがちだった。それから時を経て現在、新型コロナウイルス感染症パンデミックがもたらした社会活動の変化や、ロシアのウクライナ侵攻に起因する経済の停滞や物価高騰など世界的な混乱を経験し、人々の仕事に対する意識は大きな変革期を迎え、企業側の課題も見えてきている。代表的なものとして以下を挙げたい。

● 勤務環境の変化

コロナ禍でリモートワークの普及やオンラインミーティング等のツールの活用が急速に進み、働く場所の選択肢が広がる中で、そもそも「海外派遣は本当に必要なのか」が問われ始めている。

● ジョブ型雇用への関心の高まり

メンバーシップ型からジョブ型雇用への変化が関心を集める中、ジョブが明確な空きポジションへ海外派遣により人材を確保するという目的を考えた場合に、目的が明確でない、いわゆる日本人ポストの持ち回りとしての海外派遣は成立しなくなっていくと考えられる。

● 人材の多様化

ライフスタイルの変化に伴い、女性派遣者の増加や配偶者もしくはパートナーのキャリアを含む家族の事情等、働き方を選択する上で考慮すべき事情は多様化している。企業は多国籍社員の採用も進む中、派遣者の属性の変容および多様化に対し、従来の派遣者モデルを想定した処遇では対応し切れない。
画一的で昔から変化のない海外派遣者処遇をもって海外派遣を扱うのは難しい。派遣者は、処遇がいくら手厚くとも自身が納得するものでなければ不満は尽きず、海外派遣の目的が明確でなければ業務に前向きにはなれない。一方企業は、多大なコストをかけて派遣者を送り出す現在の海外派遣が会社の目的に合ったものになっていると言えるだろうか。海外派遣は、派遣者と企業の双方にとって機能するものでなければ成功しない。

海外派遣の目的にある原点とは

ここで、そもそも企業はなぜ海外派遣を行うのか、原点に立ち返りたい。企業が従業員を動かす理由は、必要な場所に必要なスキルを持った人材を適切に配置することだろう。それは国内外を問わず共通であるはずで、必要とされるポジションに適した人材が現地で確保できないから国外から人材を調達する、つまり海外派遣が発生するに過ぎない。海外市場での更なる成長が要となる日本企業にとって、今後はグローバル全体での人材の活用が求められるだろう。そう考えた時に、現在の海外派遣は本当に必要だろうか。また海外派遣が必要となる際にそれは果たして特別なのだろうか。海外派遣の目的の原点が国内の人事異動と同じであるとするならば、海外派遣者処遇設定当初の「海外派遣は苦労が多い」という根拠のない前提に立つ手厚い処遇について見直しが必要な時期にあるのではないだろうか。

企業と派遣者双方の意識改革の必要性

海外派遣の目的は、海外事業の立ち上げや拡大、技術移転、人材育成等、事業戦略や人材戦略に則り様々で、適切な派遣期間も目的によって異なるだろう。例えば、具体的かつ戦略的な成果が求められるような重要なミッションを持つ会社主導の海外派遣なのであれば、ある程度の派遣期間と充実した処遇が必要と考えられる。

一方で、従業員が自らのキャリアのために希望するような従業員主導の海外派遣に対しては短期間かつ最低限の処遇で十分という考え方もある。マーサーが日本企業を対象に2021年に実施した調査(IAPPS、N=513)によると、海外への派遣の仕方は長期派遣(1年以上5年未満の派遣期間)が98%と圧倒的に多く、短期派遣(1年未満の派遣期間)は25%と大きく割合が下がる(複数回答可の設問)。ここで問いたいのは、全ての派遣者に対して長期派遣を前提とした同じ処遇である必要が本当にあるのだろうか、という点だ。

派遣目的と派遣期間によって処遇内容が変わるのは当然と考えられる。まずは、派遣の必要性を再考し、派遣の目的を整理することをお勧めする。長期派遣ありきではなく、短期派遣や出張、場合によっては転籍等の異なる派遣形態を検討する余地があるかもしれない。また、現在付与されている各手当や福利厚生が派遣目的と派遣者の多様化に対応したものであるか、検討してみていただきたい。

そして派遣者にとって海外派遣は会社から強いられるものではなく、キャリアにおける位置づけ、家族への影響、処遇について納得した上で、派遣者自身が赴任する/しないを選択することが重要だ。そのためには、派遣前のコミュニケーションを通して、会社側も海外派遣の目的、処遇について派遣者に丁寧に説明し理解してもらう努力が必要だろう。また、派遣期間や処遇について、アサインメントレターによる企業と派遣者双方との明確な合意が望まれる。

手厚い処遇は市場競争力を持つメリットがある一方で、多大なコストを要する。いくらコストをかけていても、派遣者にとっての不満因子が潜んでいれば企業の意図しない軋轢を生むこともあるだろう。企業はなぜ海外派遣をさせたいのか、派遣者はなぜ海外派遣をしても良いと思うのか、それぞれが目的から処遇に至る海外派遣全般について合意を持った上で海外派遣は実施されるべきである。

 

著者
大城 未亜
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