社員を変革の中心に据えたチェンジマネジメント 

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28 8月 2023

私たちは今日、絶え間ない変化の時代にいる。マーサーの2022年グローバル人材動向調査レポート*1によると、97%の企業が組織・人材に関する何らかの大きな変革(目的を達成するために、意図的に変わる/変える)を1年間に予定していると回答した。

日本においても、2023年6月に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針」の中で、「リスキリングによる能力向上支援」、「個々の企業の実態に応じた職務給(ジョブ型人事)の導入」、「成長分野への労働移動の円滑化」の3つを柱とする三位一体の労働市場改革が示され、組織・人材マネジメントのあり方を変えていく必要性が政府から謳われている。

一方で、変革を実現することの難しさは誰しもが知るところである。事実、その成功率は30%とも言われている*2。例えばジョブ型人事制度への改定、組織階層のフラット化、女性役員・管理職の登用拡大への取組みなど、最近行った変革を思い出してほしい。それは、うまくいっただろうか。

変革の過程で社員は何らかの変化を経験するため、(無関心を含む)抵抗を伴いやすい。これは、変革そのものへの抵抗というより、変革を押し付けられ、受動的に変化「させられる」場合に特に生まれやすいのではないだろうか。本コラムでは、持続可能な変革に向け、社員が主体となるチェンジマネジメントについて考察したい。

*1 https://www.mercer.com/ja-jp/insights/people-strategy/future-of-work/global-talent-trends/
*2 Askenas. R., (2015) ‘We Still Don’t Know the Difference Between Change and Transformation’, Harvard Business Review

チェンジマネジメントの5つの「レバー」

組織を変革することは、社員個々人の意思決定・判断を左右し行動を決定する、組織の「常識」を変えることを伴う*3。つまり、新しい価値観を組織に浸透させ、それを常識化し、その常識を定着させるという、一連のジャーニー(旅路)なのだ。

組織に新しい常識を確実に定着させるため、チェンジマネジメントは変化を実際に経験する社員を中心に据えたものでなくてはならない。マーサーでは、その実践を可能にするものとして、「5レバー」と呼ばれるフレームワークを展開している。このフレームワークでは、レバーを意識的に使うことで変革のジャーニー自体に社員を取り込み、各人の準備度を高めることを企図している。

「ステップ」ではなく「レバー」と呼ぶのは、必ずしも段階的に一歩一歩進めていくものではなく、チェンジマネジメントのプロセス全体を通して、行ったり来たりしながら歩みを進めるものだからだ。これにより、社員の変革への気づきと主体的な学びのプロセスが促進され、社員を中心とした持続可能な変革につながる。

  • Align - リーダーと認識を合わせ、同じ未来を描く
    変革を通じて達成すること、各自が担う役割、変革のドライバー・バリア、KPI等をリーダーシップチームとともに探り、「なぜ、何を、どのように (Why, What, How) 」変革するかについて同じ認識を持つ。
  • Engage - 主要なステークホルダーを巻き込み共創する
    シニアマネージャー・マネージャーなど、社員に影響を及ぼす主要なステークホルダーとともに、変革の「物語(言葉や概念でなく、経験や感情として記憶できるエピソード)」を共創する。変革のインパクトをもとに社員をグルーピングし、異なる物語を展開することもある。
  • Communicate - 変革の物語を社員に訴求する
    双方向の対話形式・一方向の伝達形式等、複数のコミュニケーション手段を組み合わせながら、状況・内容に応じて適切なコミュニケーターが物語を語り、全ての社員を変革に関与させる。物語は継続的に提供し続ける。
  • Enable - より深い理解と受容を促進する
    社員が変革に関する経験・考え・疑問を共有して対話するセッションやより詳しい情報を提供するトレーニングをデザインし、具体的な行動変容を引き出す。
  • Activate - 変革をモニタリングし、活性化させる
    KPIを定期的にトラッキングするとともに、サーベイなどを通じたフィードバックを集めて変革の状況を把握し、その定着に向けて必要な取り組みを行う。
*3 佐藤文弘 (2007) ‘チェンジマネジメント’, 英治出版

チェンジマネジメントのカギを握るマネージャーの役割

上述の5つのレバーから進めるチェンジマネジメントを成功に導くには様々な要点があるが、ここでは特に、社員に影響を及ぼす「主要なステークホルダー」の重要性について深掘りしたい。前述の通り、主要なステークホルダーとは、社員の間接もしくは直接の上司にあたる、シニアマネージャーやマネージャーである(便宜上、総称して「マネージャー」とする。なお、どの範囲を主要なステークホルダーとするかは、組織の状況により異なる)。マネージャーは変革への適応のサポートが特に必要な社員に最も近い存在であるため、社員の抵抗の回避・克服と変革の推進に一番の影響力を及ぼす*4

各人の意思決定の指針となる組織の「常識」を変える変革のジャーニーにおいては、「Communicate」や「Enable」のレバーにある通り、最前線の社員全てを関与させ、理解と受容を促すことが欠かせない。そのような中、押し付けられた変革にならないよう、社員主体の学びのプロセスを促進するためには、マネージャーの姿勢とマネージャーが語る変革の物語が大きな意味を持つ。リーダーや人事・プロジェクトチームからの働きかけは、組織としてのオフィシャルなスタンスをもとにマスに向けたコミュニケーション・取組みが中心となる一方、マネージャーからの働きかけは、社員の状況・背景などの文脈を踏まえ、より個々人の感情に寄り添ったアプローチが可能となるからだ。また、マネージャーは変革のロールモデルとなって、最も近い距離から社員の学びをサポートすることができる。それにより、不安を和らげるとともに共感の可能性を高めて社員を動機づけ、変革の自分事化を促すことにつながる。

実際の光景をイメージしてほしい。例えば、社員への説明会などで、リーダーのメッセージや人事・プロジェクトチームからの説明のみならず、変革のインパクトに基づく社員のグルーピングに応じて、関係の深いマネージャーが語ってくれたら、どんなに心強いだろうか。そして、チームミーティング、1on1などチーム内における日常のコミュニケーションでもマネージャーが積極的に社員に働きけてくれたら、どれほど変革へのエンゲージを高めることができるだろうか。特に、社員のこれまでの頑張りを認めて感謝する、変革と社員の仕事・キャリアへの期待を結び付けてその重要性と恩恵を伝える、社員が不安を感じていることを理解しいつでもサポートする姿勢を示す、といったマネージャーからの働きかけはパワフルだ。社員も、マネージャーから直接変革についてのメッセージを受け取りたいと考えている*4

*4 Ionescu. E., Merut. A., Dragomiroiu. R., (2014) ‘Role of Managers in Management of Change’, Procedia Economics and Finance Vol 16

人事によるマネージャーのサポートのあり方 

一方で、積極的に社員に働きかけ変革をナビゲートする意識をマネージャーに醸成することは容易ではない。現実的には、マネージャー自身が抵抗勢力となるケースもよくあることである。

これを解決するには、前述の「Engage」のレバーにある通り、早い段階からマネージャーを巻き込んで変革の物語をともに創ることが重要となる。ここでは、関連する情報をとにかく共有してそのあとはマネージャーに委ねる、といったやり方では十分でない。マネージャーを適切に巻き込むには、組織の変革推進に必要なチェンジマネジメントの知識を身に着けた人事が積極的に関わり、マネージャーの力を引き出すサポートをすることが必要だ。つまり、人事がマネージャーを伴走するパートナーとして各組織に入り込み、組織の状況を深く洞察・理解したうえで変革の推進に向けコーチ・コンサルティングをして、マネージャー自身の学びを支援することが肝要となる。

このようなサポートを行うことは、組織・人材を通じて事業を支える人事という機能が定着しきっていない日本企業では、チャレンジかもしれない(人事機能については「人事機能のベストプラクティスから考える人事権の在り方」で詳しく論じられている)。しかし、社員中心のチェンジマネジメントの鍵となるマネージャーを支えるような人事サポートのあり方は、変革を成功に導くうえで一考する価値があるだろう。

著者
村田 里美 (むらた さとみ)
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