CEO後継者候補における社外人材検討の有用性
03 12月 2023
内向き志向のサクセッションプランニング
日本企業の企業価値向上に向けて、コーポレートガバナンス強化の必要性が謳われて久しい。東京証券取引所「コーポレートガバナンスコード」や経済産業省「コーポレートガバナンスシステム実務指針(CGSガイドライン)」では、コーポレートガバナンス強化に関する企業の取り組み指針が示されており、その一アジェンダとしてサクセッションプランニング(後継者計画)が注目されている。
サクセッションプランニングでは「誰が」「誰を」「どのように」選抜するかが肝要であり、日本企業の取組みにおいても徐々に変化が見られる。「誰が」では、現CEOのみから指名委員会へ、「どのように」では、現CEOの主観的な判断が入りうる選抜方法から客観的情報に基づいたより透明性の高い選抜方法へ、それぞれ変わりつつある。例えば、2018年時点では、プライム市場上場会社のうち法定・任意をあわせた指名委員会の設置状況は34.3%に留まっていたものの、2023年には全体の87.5%まで増加したi。選抜方法についても、例えばJ フロント リテイリングでは、後継者候補となりうる本人や周囲へのインタビューを通じてそれぞれの「人となり」(能力や資質、特性など)を評価する「経営人財評価」について開示しているii。
社外人材招聘の有用性
次期CEOへの社外人材の招聘は、以下2点から自社経営課題の解決に有用であると筆者は仮説を立てている。
- 外部知見の取り込み
社外人材の知見を取り入れることで、強化すべき領域のテコ入れや新しい戦略策定が実現しやすい点を指す。社内人材は当企業での経験が長く、企業理解や自社の事業に関する知見を十分に有する一方、新規参入事業や強化すべき領域への根本的なテコ入れにおいて従前から蓄積してきた知見のみでは限界がある。そこで、社外人材をCEOとして招聘し、その知見を経営戦略やビジョンに取り込むことで、現状の延長線上ではない方向に持っていきやすい。 - しがらみのない果断な意思決定
人間関係や既存の事業構造のしがらみがより少なく、自社の経営課題に客観的かつ合理的に取り組むことができる点を指す。社内出身であれば、人間関係や既存事業に対する思い入れがあるため主観的になりやすく、また自分を「選出してくれた」前CEO の意向を汲んで過去を否定する改革に踏み切ることを躊躇しやすい。一方、社外出身であれば、従来の自社の枠に捉われず、より合理的かつ大胆に課題にアプローチしやすい。
具体的な事例を二つ見てみよう。
社外人材の知見を取り込み、自社のブランド強化を図った事例が資生堂である。2014年に魚谷雅彦氏が選出された理由の一つは、彼の有する高いマーケティング能力ivであった。当時は自社ブランドの低迷を課題としており、社内にも後継者候補はいたとしつつも、マーケティング力強化の点で魚谷氏の招聘に踏み切った。魚谷氏は、日本コカ・コーラで缶コーヒー「ジョージア」のヒットや、多くの企業のブランド・マーケティング戦略サポート等の実績を有する。実際CEO登用前に、資生堂のマーケティング顧問としてブランド戦略をサポートした成果が評価され、CEOに登用された。CEO就任後は、マーケティング統括顧問に着任して「マーケティング改革」を推進し、代表ブランドの選定・中長期的な戦略策定や世界で戦えるマーケター育成目的のマーケティングアカデミーの設立、ブランド価値の最大化を意図したブランドマネージャー制の導入に取り組んだv。彼の知見を取り込んだマーケティング戦略を通じて、2017年には売上1兆円超、2018年には営業利益1,000億円超、2019年にはROE12%以上という2020年までの中長期目標それぞれを前倒しで到達したvi。
次に、現状を脱却すべく、次期CEOに大胆な改革を託した事例が三菱ケミカルである。三菱ケミカルでは、2021年4月に三菱グループの主要企業では初めて、社外人材で外国籍のジョンマーク・ギルソン氏をCEOとして登用した。当時、3兆円を超える売上高がありながら時価総額が1兆円を下回る状況であり、指名委員会の橋本委員長は「従来の延長線上では解決できず、経営を次のステージに引き上げる必要があったvii」と説明している。この状況に対して、指名委員会は社内外から後継者候補を選出し、会社のあるべき姿から課題設定できる「経営を考える時の視座」を評価してギルソン氏の選出に踏み切った。CEO就任後に策定した経営方針「Forging the future 未来を拓くviii」では、今後の取り組みとして①経営の大幅な合理化(組織の簡素化)、➁コスト削減、③ポートフォリオの見直しを掲げ、①事業会社別の組織体制から、One Teamのビジネスユニット/ファンクションベース組織への変更、➁物流・設備投資のデジタル化を中心とした2025年度までの年間1,000億円超のコスト構造改革、③最重要戦略市場の定義と不採算事業の分社・再編に着手している。これらの改革を通じて、2025年度までにコア営業利益の2021年度見通しから8割増加を目標に掲げている。
このように、社外人材の次期CEOへの招聘は、社内人材では実現しづらい経営課題の解決において有益に働く可能性があると考えている。
社外人材の検討・招聘のあり方
社外人材の検討・招聘アプローチは、①明確な人材要件を定義した上で次期CEOとして招聘する、➁重要ポジションに招聘した上で次期CEOとしての育成・見極めを行う、の二つが考えられる。
前者のケースが、前述の三菱ケミカルである。三菱ケミカルでは、次期CEOサクセッションを開始したタイミングで社内・社外を含めた30名程度をリストアップし、書類審査で残った7名との面談等を通じて人材要件(実行力・潜在力・情熱・人柄)の基準を満たしているかを確認した。
その際に重要になるのは、人材要件の定義である。社内人材であれば、従前のパフォーマンスに基づき次期CEOとしてどのように活躍するかのイメージが湧きやすい一方、社外人材はアセスメント結果等限られた情報での判断が求められる。ここでCEO理想像から落とし込んだ人材要件が明確に定義されていれば、次期CEO選出のよりどころになり得る。
後者のケースは、米国IT企業のAppleである。Appleでは、2011年に創業社長であるSteve Jobs氏が引退し、Tim Cook現CEOが就任した後も更なる成長を遂げている。Jobs氏はCEOに復帰した2000年時点で次期CEOサクセッションを開始し、Cook氏を自身の右腕的存在の位置づけで、COOとして招聘したix。また、Jobs氏が休職した2009年・2011年にはCook氏に社長代行を任せ、その結果Cook氏へのCEO交代の基盤固めに繋がった。このように、まずはCEO後継者候補として重要ポジションに招聘した上で、次期CEO候補の育成並びに実力・適性の見極めを行うことも一案である。
サクセッションプランニングの深化に向けて
これまで、次期CEOの後継者候補を社外も含めて検討する有用性及びそのアプローチについて述べてきた。社外人材の検討・招聘は決して容易な取り組みではなく、候補者のリストアップ・アプローチ・見極めの各ステップが難関である。
しかし、「会社は社長の器以上にはならない」と言われるように、誰がCEOに就くかによって企業価値は大きく左右される。また、CEOは管理職の延長線上とは異なる固有のポジションであり、社内で一番優秀な人材が最も適任とは限らない。むしろ、今後のビジネスの方向性・理想のCEO像から逆算して、社外も含めた多様な後継者候補の中での検討・選出が、長期的な視点での企業価値向上に資するのではないだろうか。本コラムが、日本企業のサクセッションプランニング深化、ひいてはコーポレートガバナンス強化の一助となれば幸いである。
ii 日経ビジネス「社長一存の後継選びはもう古い J・フロントや帝人の指名委改革」(2023年3月27日)
iii 経済産業省「指名委員会・報酬委員会及び後継者計画 の活用に関する指針 ― コーポレート・ガバナンス・システムに関する実務指針 (CGSガイドライン) 別冊 ―」(2022 年 7 月 19 日)
iv 資生堂「株式会社 資生堂、魚谷雅彦氏を第16代社長に決定」(2013年12月24日)
v 資生堂「資生堂 マーケティング改革 第1 弾 グローバルブランド「SHISEIDO」より 「資生堂 アルティミューン パワライジング コンセントレート」発売」(2014年4月8日)、資生堂「資生堂、マーケティング改革を加速~世界で戦えるマーケターの育成に向けての企業内アカデミーの設立と 10 月よりブランドマネージャー制を導入~」(2014年9月9日)
vi 資生堂「INTEGRATED REPORT2022」(2022年3月期)
vii 日経ビジネス「社長一存の後継選びはもう古い J・フロントや帝人の指名委改革」(2023年3月27日)
viii 三菱ケミカル「新経営方針「Forging the future 未来を拓く」を策定」(2021年12月1日)
ix Forbes「An Outsider's View of Apple's Succession Plan」(2011年9月13日)