マーサーM&Aお悩み相談室 第4回 

マーサーM&Aお悩み相談室 第4回

11 12月 2023

質問

事業会社の人事部で勤務しています。当社では現在、経営企画部の中にM&A案件を推進する専任チームを立ち上げようとしており、同チームの配属や中途採用、評価・報酬設計などについて検討するよう、経営陣から指示を受けています。M&Aという業務の特殊性を踏まえて、何か気を付けるべき点があれば助言いただけないでしょうか。

回答

想像してみましょう。数年前、ある企業が大型買収を行い、注目を集めました。しかし、時間が経つにつれ、その子会社の業績は振るわず、資本市場の状況も悪化。当時の買収が高値掴みだったのではないかという疑問が浮上します。その買収を主導した責任者は、功績を認められて程なく昇格し、他のチームメンバーも異動や転職で散り散りになりました。クライアント企業からこのような話をしばしば伺います。買収後の経営において改善の余地はあったかもしれませんが、初期段階でも対策を講じることができたのではないでしょうか。M&A案件は大きな投資金額と多くの人的リソースを必要としますから、失敗は避けたいものです。

ここで、プライベート・エクイティ・ファンドに代表される投資ファンドから学べることはないでしょうか。彼らのアプローチは、買収して価値を高め、最終的に売却して利益を得るというものです。買収完了時は、仕事の一部が終わったに過ぎず、収益はまだ上がっていません。従って、一般的に彼らの報酬体系も最終的な株式売却による利益に対して大きくインセンティブが付与されています。また、役職員が出資し、外部投資家と同じリスクを共有する例も少なくありません。

一方で、事業会社は買収後の売却を前提にはしないと思いますが、買収後の事業の運営や軌道修正の必要性を継続的に評価する必要があります。買収を実行しただけでは十分ではないのです。極論を言えば、金額を積み上げればどのような会社も手中にできますが、それが成功を保証するわけではありません。

買収の最終決定では、価格や財務プロジェクションなどについて多くの議論が行われます。もしなかなか意思統一が図れない中で、仮に検討を主導している役職員が自らの自己資金も投じると言われれば、説得力がありませんか?先に述べた投資ファンドの場合と異なり、純粋な事業会社で買収対象企業に対して役職員による出資を認めることは既存の人事制度などとの兼ね合いで難しいでしょうし、実際に筆者も1例(正確にはある事業会社の中でも特定の1部署)しか知りません。しかしながら、買収検討時のモラルハザードを回避するという観点においては、一つの考え方として参考になるのではないでしょうか。事業会社の場合には、役職員による自己投資は難しいとしても、例えば賞与や長期インセンティブが買収後の投資リターンによって決定されるといった仕組みであれば、より導入しやすいかもしれませんし、実際にそういったケースはあります。

M&Aのプロセスは複雑で、時としてハードワークが必要になりますし、コーポレートファイナンスや会計・税務、法務、人事など多くの専門知識も欠かせません。これらの労力や経験・能力は適切に評価されるべきですが、買収の実行だけで昇進したり、賞与が上がったりするような偏った評価・報酬制度は避けるべきです。そうでないと、最悪の場合、会社とM&Aチームの間の利害が相反するリスクが生じる可能性があります。

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著者
永井 雄久
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