「リスキリング」とは、個人の話なのか、会社・組織の話なのか? 

「リスキリング」とは、個人の話なのか、会社・組織の話なのか?

18 1月 2024

「リスキリング」に関してよく聞くコメント

皆さんは「リスキリング」という言葉を聞いた時に、何を想像するだろうか?
  • 「リスキリング」として、DX/ITスキルの学習を全社で進めることが重要だ
  • 定年雇用延長の時代に「個人の学び直し」は大事。自己啓発意識の向上が必要だ
  • 事業環境の変化から、大幅な職種再編がわが社では発生する。リスキリングが必要だ
  • 「リスキリング」の観点から、転職者に学習支援の補助金が出るらしい。活用を急がねば

上記は、筆者がクライアントと「リスキリング」について意見交換する際によく聞かれるコメントである。一方で、この「リスキリング」という言葉に「もやもや感」を持つというクライアントも多い。

これは、上記のように各クライアントの関心の領域によって「リスキリング」の意味あいが異なっている場合も多く、結果としてその意味合いが自身の理解や背景と差異がある場合に、多くの方は「もやもや」を感じるようだ。

そこで、代表的な「もやもや感」の一つとして「リスキリングとは、『個人の話』なのか、『会社・組織の話』なのか?」という点を本稿では取り上げてみたい。

リスキリングとは「個人の話」なのか、「会社・組織の話」なのか?

筆者の見解を結論から申し上げると、これは「両方の話ではあるが、起点は会社・組織であるべき」というのが回答である。もともと欧米で「リスキリング」という言葉が出てきた際には、「事業環境や事業戦略の変化に対して、内部の人的資源をいかに適応させうるか」という点がその前提であった。「リスキリング」とは、個人の自己啓発や転職支援の話ではなく、事業競争力の向上の一環としての「企業の人事戦略」の一つであった。

つまり、自社の事業戦略の変化、もちろん非連続性の高い戦略転換もありえるが、多くはこれまでの企業の資源である技術・組織の経験・人的資源の延長線上に、なにかしらの新たな要素を加えることで、事業を拡大したり生み出したりするといったことが中心となる。その際に、すでに自社の競争力のある人材に新たな付加価値を生み出すスキルを付与し、更に成果を高めさせることは、合理的な選択肢となりうる。

上記から、「リスキリング」とは、本来は人的資源を戦略に合致させるための企業側の投資であり、個人の自己啓発の啓蒙といったレベルの話ではないと言える。その点では、「リスキリング」としての「学習」は、「業務」として捉えることが本来は適切であり、非業務時間における「自己啓発」を前提としたものではないと言える。

自己啓発なのか? 人的資源への戦略的投資なのか?

最近のある企業内の調査結果で、「リスキリング推進」として実装した様々な自己学習プラットフォームの利用頻度を検証したところ、全社員の5%にも満たない利用頻度であった。スキルを身に着けるのは「個人」であるので、最終的には「リスキリング」は個人の能力向上に行きつくのであるが、これは「自己啓発への意識が低い」という話ではなく、「リスキリングとしての人的資源への投資戦略が会社・人事に無く、社員任せになっている」というのが実態だと理解すべきだろう。

似たような話が多くある中で、特にITエンジニアからDXサイエンティストへの職種転換などを前提に、必要なスキルの獲得を「業務」として捉え、一定の時間や期間を「リスキリング期間」として設定し、「業務」としてスキル学習を推進するという企業が増えつつある。この場合は、「人的資源開発への選択的な投資戦略」と言える。これは、何もDXだけの話ではなく、例えば紙の需要が減ってしまった複合複写機業界におけるフィールドサポート人材や、コロナ後に役割の変化に直面するMR(医療情報担当者)等の「リスキリング」にも必要な考え方であるはずだ。

「自己啓発」と「リスキリング」の本来の関係

一方で、「リスキリング」において、「自己啓発」という要素は全く無視していいのだろうか?筆者は、引き続き「自己啓発」という文脈での「リスキリング」が語られることには一定の意味があると考えている。それは、業界や会社・事業の方向性を社員自らが理解し、より自身のエンプロイアビリティ(雇われうる能力)を高めるために、必要なスキルを身に着けることは重要であるからだ。

事業環境の変化や技術変化のスピードがより加速する中で、自らの職種や業務が変質したり、場合によっては業務が消失したりする可能性があるのがこれからの時代である。働く人々は、業界や会社が進もうとしている方向性や社会・技術の変化を自ら見極め、自身のエンプロイアビリティ(雇われうる能力)を担保するために、「個人としての戦略的自己成長プラン」を立てることが極めて重要になる。筆者はセミナー等で、このスタンスを「賢く成長して、賢く働く時代」と表現している。

会社にとっても、そのような「自社の戦略に合わせて自ら成長できる人材」とは極めて重要な人材であり、競争力に直結する人材でもある。日本の労働市場が中長期的にジョブ型労働市場に移っていくことが想定される中で、会社と個人の関係はより対等な関係となるだろう。また解雇法制の緩和が仮にある程度進む場合、雇用の流動化が加速することが想定される。そのような環境下で、会社と自身の成長の方向性を重ね合わせ自己啓発ができる学びの場を「リスキリング施策」として用意することは、会社・社員の双方にとって意義があり、優秀人材の確保にもつながるはずである。 自己啓発の学習プラットフォームの活用がなかなか進まないという話をしたが、事業環境や労働市場の変化が確実に進み、そのような意識が一気に変化する潮目のタイミングが将来やってくるだろうと予想している。

「リスキリング」とは、会社と個人の成長戦略

本稿では、「リスキリング」と、「個人」「会社」について考察を述べてきた。基本となる考え方は、両方の観点から語ることができるが、「雇用する」「雇用される」という観点から、その雇用の前提となる事業を経営する会社側がまず起点となるべきであり、雇用されうる側の社員は、業界・会社の方向性を見定めつつ「賢く学んで、賢く働く」ことが重要になるとお伝えした。我々人事パーソンは、「雇用する側」であると同時に、「雇用される側」でもある。「リスキリング」を会社の成長戦略、個人の成長戦略の双方の観点を持って考えることは非常に重要だ。
著者
前川 尚大

組織・人事変革コンサルティング部門 人材開発プラクティスリーダー

Related Insights