インフレ下の資産運用考 

インフレ下の資産運用考

29 1月 2024

インフレについていくための資産運用とはどのようなものだろうか。マーサーのコンサルタントコラム「企業年金の資産運用がインフレについて考えておくこと」では、インフレが一時的なものに終わらない場合、給付が明示的にはインフレに連動しない日本の企業年金制度の資産運用でも、退職後の購買力維持のための来るべき制度改定に備え、インフレ分の積み上げを意識しておきたいことに触れた。制度改定検討時に累積インフレ分の剰余があれば、制度改定時の掛金の抑制に活用できるからだ。あるいは、その際、インフレ分を考慮した予定利率の引き上げが行われるならば、それに備えておくことにもつながる。

債券か、株式か

企業年金の資産運用では、一般に債券と株式に投資されているが、償還額があらかじめ額面で固定されている債券がインフレに弱いのは言うまでもない。元本と利息が消費者物価指数に連動する物価連動国債であれば、その仕組みだけ聞くとインフレ追随資産の本命にも思えるが、投資時点の価格次第では、実は普通の国債のリターンの方が高かったということもあり得る点に注意が必要だ。つまり、世間が「これからはインフレだ」と思っている時ほど、物価連動国債は割高になりがちで、その後、「当初思ったほど」インフレが進まないということになれば、結果としての収益は普通の国債の方が高くなる。物価連動国債が機能するのは、「当初思った以上に」インフレが進む場合だ。その意味での「インフレヘッジ機能」はあると思ってよいが、市場がおおむね正しく将来のインフレを織り込むと考えられる場合、普通の国債との収益格差はそう大きくない点は、理解しておきたい。

株式投資の方が有望な要素がある。インフレによるコスト高を販売価格に適切に反映することができれば、株主に帰属する利益はインフレに追随する。会社の主たる資産が有形資産である場合、解散価値がインフレに追随するということもあるだろう。しかし株価は、インフレ以外の決定要因が多く、底流でインフレに追随していたとしても、その効果を実感しにくいかもしれない。また一口に株式投資と言っても、インフレに強い業態、弱い業態さまざま含まれることも、インフレ追随性を分かりにくくしている。

不動産投資信託(REIT)への注目

そこで、「インフレ以外の決定要因」を一つずつ取り除いた投資として注目したいのが、不動産投資信託(REIT)だ。REITは、主として稼働中の不動産を資産として保有し、その賃料収入を投資家に分配する会社の株式と考えてよい。まず、不動産以外の資産を保有しない。不動産賃貸業しか行わず、しかも、原則として当期の賃料収入の90%以上を投資家に分配する仕組みとなっているため、内部留保の投資先についての不透明さがない。内部成長に期待できない代わりに、着実な分配金収入が得られる投資である。分配金原資となる賃料収入はインフレへの追随を期待でき、またそのため保有不動産価格、すなわち解散価値もインフレに追随する。

図は、米国上場REITの価格指数(分配金収入は含まない)を、期間中のインフレによって説明しようとしたものである。米国の超長期国債価格のリターン(利金収入を含まない)と、消費者物価指数の上昇率とを合計し累積すると、粗々ではあるものの、米国上場REIT価格指数を再現できる。利金収入を含まない債券価格は最終的には元本価値に回帰することを考えれば、やや乱暴ではあるが、REITがインフレに追随することを示していると言えるのではないだろうか。

(出所) 米労働省労働統計局, Bloomberg, Refinitivよりマーサー作成

REIT投資の注意点

注意点もある。図に示されているように、インフレだけではなく、債券価格との連動性が高い点である。とりわけ、金利上昇時には価格の下落が想定される。安定的な分配金収入を得られる点で債券との類似性が高いためだ。高金利環境下では、REITの分配金利回りも魅力的な水準に引き上げられる必要があるが、賃料収入の改善がすぐには進まない場合、価格の下落によらざるを得ないのだ。しかも超長期国債の価格変動に匹敵するほどそのリスクは大きい。またその他の注意点として、市場規模が小さく、ちょっとした資金移動で大きく価格が振れる可能性、とくに「割高になりやすい」点が挙げられる。投資時期については分散して段階的に投資する、銘柄選択を含め専門家に任せるなど、慎重に取り組む必要があるだろう。

今後インフレが定着していくか分からない。しかし、30年の時を経て「インフレのある世界」が帰ってくることになれば、「インフレのない世界」に慣れ切った社会制度には、さまざまな見直しを迫られることが予想される。データも十分なく、インフレが普通だった海外の知見などに頼りながら、ここに書いたように一つ一つ丁寧に整理していくしかないのだろう。

著者
今井 俊夫
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