海外での医療費上昇と医療トレンド - Health Trend 2024 Report 

04 3月 2024

世界的に医療費が上昇している。今やパンデミック以前の水準をも超え始め、グローバル企業は、コスト抑制と従業員への最適な医療保障の提供、という難しい対応を迫られている。日本企業も例外ではなく、海外拠点現地採用社員の医療保障コストにおける継続的な上昇に加え、海外赴任者の医療保障についても、海外旅行保険の保険料をはじめ、コストの上昇が顕著になっている。一方、企業の海外赴任者担当者にとっては、安全配慮義務に沿った海外赴任者への医療保障枠組み整備とコストコントロールとの両立を求められる難しい状況だ。

では、実際に海外の医療費はどれほど上がっているのか?医療費上昇の要因は何か?今求められている福利厚生の医療保障は何か?をマーサーが発行した『Health Trend 2024 Report』に沿って紐解いていく。

1. 医療費の増加と要因

本レポートによると、医療費の上昇は世界的に重大な懸念となっており、半数以上の国では、2021年から2024年にかけて、医療トレンドの上昇率が平均して2桁上昇である。この上昇率はパンデミック前のレベルを超え、2021年と2022年には10.1%の上昇が見られ、2023年にはインフレ、保険利用の変化、治療の変化で12.4%まで上昇した。2024年はインフレの鈍化で、医療トレンドも11.7%に低下すると予想はされているが、依然としてパンデミック前の水準よりも高く、医療トレンドの上昇率は、一般物価指数のインフレ率をも上回っている。
ここで述べている「医療トレンド」は保険請求の前年比コスト増を一人当たりで反映させたものであり、主に以下の要素により定義され、これが医療費上昇の要因になっている。

2. 疾患の影響

医療費上昇の要因の中で、企業が医療費を抑制する策として、「利用状況の変化」への対応が挙げられるだろう。

パンデミック後の特徴として、保険金請求の原因は全てがんを含む非感染症疾患(NCDs)が関連している。WHOでは非感染症疾患(NCDs)は”不健康な食事や運動不足、喫煙、過度の飲酒、大気汚染などにより引き起こされる、がん・糖尿病・循環器疾患・呼吸器疾患・メンタルヘルスをはじめとする慢性疾患をまとめて総称したもの” と定義される。

企業は予防、診断、治療、職場サポートを通じて、従業員の非感染症疾患(NCDs)= 慢性疾患のリスクを軽減できれば、医療費請求が減少し、医療費上昇の抑制につながる。

  • 予防(予防ケア・健康診断)
  • 診断(診断結果の分析・周知)
  • 治療(治療を継続させるサポート)
  • 職場のサポート(リハビリテーションなど)

保険金請求額・請求件数トップ5

3. 医療の変革

健康状態や睡眠、ストレスなど特定の状態を自己管理するためのアプリやウェアラブルデバイスは、多くの人に利用され、遠隔医療サービスも標準的なサービスになりつつある。また、従業員が望ましい方法で医療を受け、賢明な医療保険の利用者になるための教育の提供も今後は企業内で推進されていくだろう。

そして、以前から注視されているメンタルヘルスは、保険金請求のリスク要因のトップ5に名を連ね、企業としてもメンタル対策の意識も高まっている。しかし、多くの企業では意識の高さとは裏腹に、メンタルヘルスは依然として見過ごされがちなリスクであり、企業が提供するカウンセリングだけでは、継続的な治療を必要とする従業員への十分なサポートは提供できていない。

なお、直近注目度が上がっている女性の医療に関しては、多くの場合、各国の医療給付が公的制度を通じて提供されており、企業が提供する福利厚生の医療給付とはギャップが生じている。女性の健康問題は普遍的であり、どの地域でも大きな社会的および財政的格差と医療制度の不公正に対処する必要がある。またリプロダクティブヘルスは、女性のみならず他の労働力にも影響を与えるので、こちらも従業員の医療保障ニーズに対応するため検討が重要だ。

4. 日本の状況

医療費の上昇は海外だけの話であって、日本には影響がないと思われているかもしれない。しかし、日本でも影響はある。日本の国民皆保険制度の特徴として、国民全員を公的医療保険で保障し、社会保険方式を基本としつつ、皆保険を維持するために公費を投入しているのは周知の事実である。日本は世界に誇れる医療制度を手にしているが、この国民皆保険の維持は今危機に直面している。

日本の医療制度の課題は、収支のバランスにあり、これは少子高齢化に起因する。少子化により健康保険料を納める働き手が少なくなる一方で、高齢化が医療費の増加につながっている。日本は急速な高齢化と経済成長の鈍化においても、持続可能な公的医療保険制度を堅持することに必死である。

日本では医療費が毎年上昇している現状を実感することは少ないと思うが、これはひとえに国が診療報酬制度に則って、医療機関や薬局などの医療サービスに対する対価をコントロールしているからである。一方、健康保険組合から高齢者への医療保障制度への拠出金は増大しており、総医療費の上昇も着実に進んでいる。厚生労働省のデータによると、令和3年度の国民医療費は45兆359億円、前年度の42兆9,665億円に比べ2兆694億円、4.8%の増加、人口一人当たりの国民医療費は35万8,800円、前年度の34万600円に比べ1万8,200円、5.3%の増加している。

厚生労働省:令和3(2021)年度 国民医療費の概況より抜粋

これまでHealth Trend 2024 Reportを元に医療費上昇の要因と医療トレンドについてご紹介した。最適な医療保障枠組みの検討、コストコントロールへの対応のヒントになれば幸いである。医療トレンドは毎年変化する。1年に1度はどのような要因で医療費に影響があるのかを確認してみてはいかがだろうか。

なお、マーサーでは、医療費上昇への対応策を紹介するセミナーを開催予定なので、興味がある方は是非ご参加いただきたい。

  • 2024年3月19日(火)開催 海外の医療費はなぜ高いのか?(終了しました)
著者
関口 圭未 (せきぐち たまみ)
Related Insights