意外に知られていない「得する」年金のもらい方・続

25 3月 2025
その間の法令改正も踏まえて、多くの方にお読みいただいたこのコラムを改めて説明し、後半で筆者の10年での経験を踏まえて思うことを述べる。
意外と知られていない「繰下げ受給」
公的年金は原則、65歳から受け取ることができるが、個人の選択で繰上げ受給・繰下げ受給が認められている。
“繰上げ”は早く受給を開始すること、“繰下げ”は受給開始を遅らせることで、繰り上げることにより年金額が減額、繰り下げることにより年金額が増額され、生存する限りその金額をベースに年金額が計算される。
繰り上げるべきか、繰り下げるべきか、いつから受給開始するのが一番良いのか?
以下の図1は、①65歳受給開始とした場合、②5年間繰り上げて60歳受給開始とした場合、③5年間繰り下げて70歳支給開始とした場合の年金の受取総額をシミュレーションした結果である。例えば③の線グラフをご覧いただくと、横軸81歳ほどで縦軸30百万円ほどに位置するため、「70歳支給開始を選択した場合70歳から81歳までの年金受取総額が30百万円である」ということを示している。
②繰上げ受給の場合は80歳頃までは①③よりも受取総額が高くなるが、それ以降も生存する場合は受取総額が劣後する。
反対に、③繰下げ受給の場合は80歳頃までは①②よりも受取総額が低くなるが、それ以降は上回る年金給付を受け取ることができる。
60歳時点での男女の平均余命はそれぞれ25年、30年ほどであるため、平均的な年齢で亡くなることを想定すると③70歳受給開始を選択した場合、男性は7%、女性は14%ほど受取総額が増加するので「繰下げ受給は得」と考えられる。
図1-1. 受給開始年齢別の受取年金総額
2022年4月の法改正
<繰下げ受給の上限年齢を70歳から75歳に引上げ>
<繰上げ受給の減額率の見直し>
繰上げ受給をした場合の減額率が、1月あたり0.5%から0.4%に変更された。60歳から受給開始を選択した場合の減少率は24%である(0.4% x 5年 x 12月)。ただし、2022年3月31日時点で、60歳に達していない方(1962年4月2日以降に生まれた方)が対象である。
なお、この法改正の背景は以下の通りである。(厚生労働省ウェブサイトより一部抜粋)
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今後の社会・経済の変化を展望すると、人手不足が進行するとともに、健康寿命が延伸し、中長期的には現役世代の人口の急速な減少が見込まれる中で、特に高齢者や女性の就業が進み、より多くの人がこれまでよりも長い期間にわたり多様な形で働くようになることが見込まれます。こうした社会・経済の変化を年金制度に反映し、長期化する高齢期の経済基盤の充実を図る必要があります。
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先ほどと同様に、繰下げを70歳までとする場合と75歳までとする場合の受取総額を比較すると、92歳まで生存した場合に④75歳受給開始の方が③70歳受給開始より受取総額が上回るという試算結果になった。
図1-2. 受給開始年齢別の受取年金総額
筆者からのメッセージ
受取総額の観点から損得を議論したが、勤労所得、企業の退職給付制度やご自身の資産形成、社会保険・税制面・医療介護費用の負担は考慮していないことにご留意いただきたい。また“得かどうか”は人によって考え方が異なり、例えば比較的元気な60-70歳代では公的年金、企業年金で人生の後半を謳歌し、それ以降は、必要最低限の支出に留める予定なので繰下げによる増額がなくても大丈夫だ、という方もいるだろう。受取総額はあくまで分かりやすい物差しでしかないと考える。
ただし、公的年金はもしものための保険である。「亡くなった後の後悔か生きている間の後悔か」という少しストレートな表現を聞いたことがあるが、それは繰下げ受給を選択し早く亡くなった場合に受取総額は低くなってしまうことの後悔か、逆に、繰上げ受給を選択し年金額が低い生活を亡くなるまで続けることの後悔ではどちらが良いか、ということである。繰下げ受給期間は勤労所得や企業の退職給付、資産形成等で満足のいく生活を保つことができれば、たとえ公的年金の受取総額が低くなったとしてもウェルビーイングの高い老後生活を過ごせるのではないであろうか。