解雇・失業率・雇用の流動性 -海外との比較を通じた考察- 

解雇・失業率・雇用の流動性 -海外との比較を通じた考察-

23 7月 2024

ジョブ型雇用は、ジョブを介する労働市場の取引であり、人材の流動性を前提にしている。そのため、突き詰めていくとアウトフローの問題に行き着き、「会社がパフォーマンスの低い社員をアウトフローさせられず、完全なジョブ型雇用を日本に導入することはできない」という声を現場からよく聞く。確かに日本には整理解雇4要件という判例がある。それを参照する限り、強制的な解雇は困難だ。ただ、実際のところ、他国と比較するとどうなのだろう?本当に日本では、会社主導で雇用の流動性を高められないのか?

解雇規制の国際比較

OECDが出している雇用保護指標(Employment Protection Legislation indicator – EPL)に基づき、解雇規制(国別)の厳しさについて確認してみよう。図表1を見ると、欧州勢(濃紺および水色)は解雇規制が全般的に厳しいことが分かる。逆に、北米(ピンク)は解雇規制が緩やかだ。日本の解雇規制は、北米2ヵ国と欧州勢としてはイギリスとデンマーク(水色)に次いで緩やかとされている。OECDの評価としては、日本において解雇は難しくない。確かに、日本の法律は、解雇はできないとは記述しておらず、厳しいながらも判例で要件が示されているだけ、とも言える。また、解雇の次に厳しい対応である退職勧奨は、話し方により労働裁判になるリスクはあるものの、許容されている。国内の認識としては、解雇が非常に困難な国とされているが、国際比較で見るとそうでもないのだ。

図表1. 国別解雇規制の強さ(個人に対して)

出所:OECD(Global Note:解雇規制の強さ(正規雇用・個別解雇)2019)

 濃紺:欧州(解雇規制 強め)
 水色:欧州(解雇規制 中程度〜弱め)
 緑:アジア(解雇規制 中程度〜弱め)
 ピンク:北米(解雇規制 弱め)

 

すなわち、OECDの評価に基づくと、解雇規制は、イギリス、デンマークなどの例外を除けば欧州で厳しく、北米では緩やかであり、日本、韓国などのアジア諸国ではその中間からやや緩やかであることが分かる。

解雇規制と失業率の関係

さて、このような雇用の保護は、実際にどのような影響を与えているのだろうか。今度は国別の失業率を見てみよう(図表2を参照)。

図表2. 国別失業率

出所:ILO(Global Note:失業率(ILO統計)2022)

 濃紺:欧州(解雇規制 強め)
 水色:欧州(解雇規制 中程度〜弱め)
 緑:アジア(解雇規制 中程度〜弱め)
 ピンク:北米(解雇規制 弱め)

 

国別失業率を確認すると、解雇規制が強めの欧州勢が上位を占める。解雇規制が中程度から弱めの欧州の例外国や解雇規制が弱い北米は、失業率だと中位である。解雇の規制が中程度のアジアの2ヵ国の失業率は低く、日本の失業率は最も低い。失業率は経済の状況や社会の構造にも大きく左右されるため一概には言えないが、解雇規制が厳しいからと言って、必ずしも失業率が下がるわけではなさそうだ。

また、解雇規制は、もともとは雇用を保障し失業率を低く抑えるために行なっている施策だと思われるが、解雇規制が強い国でも失業率は高まることがあり、逆に解雇規制が弱い国でも失業率は低位で安定しているケースもある。そもそも労働者保護のために解雇規制にこだわる必要は薄いのかもしれない。

解雇規制と雇用流動性の関係

次に、人材の流動性に関して確認してみよう。図表3は、勤続年数が1年以内の社員の割合を国別に示している(勤続年数が1年以内の社員の割合が高いということは、比較的勤続年数が短い社員が多い状況と考えられるので、勤続年数1年未満の社員の割合を流動性の代替指標と考える)。解雇規制が中程度であるアジアの2ヵ国を見てみると、流動性は最上位と最下位に分かれている。日本は流動性が一番低く、勤続年数が1年以内の社員の割合は7.3%しかおらず、他国と比較しても人材の流動性は著しく低い。

図表3. 国別労働流動性

出所:データブック国際労働比較2023 第3-13-1表 勤続年数別雇用者割合

 濃紺:欧州(解雇規制 強め)
 水色:欧州(解雇規制 中程度〜弱め)
 緑:アジア(解雇規制 中程度〜弱め)
 ピンク:北米(解雇規制 弱め)

 

一方、解雇規制が緩やかな北米の流動性は高い。会社が雇用を保障しておらず、自分のキャリアは自分で考える習慣が強いためキャリア自律が進み、転職が盛んな可能性がありそうだ。欧州に関しては、解雇規制が強めの国も弱めの国も存在するが、いずれのケースも流動性は上位から下位まで分布している。

全体を通してみると、解雇規制が緩やかな場合、つまり北米において、それを要因として人材の流動性が高くなっている可能性はある一方で、全体として解雇規制の強度と流動性に強い関係はないようにも見える。

おわりに

ここで、日本に関する情報を再整理し、考察を行いたい。

まず、日本の解雇規制は各国と比較すると緩やかであり、アウトフローが難しい国には当たらない。しかし、個人視点でも会社視点でも「アウトフローはタブーである」という感覚が強く、必要な退職勧奨が進まない。これは、明文化されていない雇用慣行が影響しているのではないだろうか。具体的には、長らく続いたメンバーシップ型雇用では、会社が個人のキャリア(人事異動)を決定しており、「会社都合でキャリア形成をしているのだから定年まで雇用を保障すべきだ」という心理が働きやすいためである。

日本は退職率、流動性ともに各国比較で最低レベルにある。これもメンバーシップ型雇用の影響を受けていると考えられる。雇用保障が重視されるため、失業率が上がりにくく、個人がキャリア選択をしないため他の機会を探索することが少なくなり、その結果、流動性も低い。この流動性の低さは、さまざまな問題を引き起こしている。例えば、日本の給与が低水準である一因にもなっている。世界的に見て、職を変えた個人は職を変えない個人と比較すると給与が上がる傾向にある。つまり、雇用の流動化は給与水準を向上させるが、日本では流動性が低いため、労働者の給与が上がりにくいのだ。

また、流動性の高さは企業にとって新しい組織能力の確保の手段となるが、それが行われにくいため、成長に必要な人材の確保が難しい。個人にとっては、低い流動性はキャリア形成の自由度やリスキリング・アップスキリングに対してネガティブに働く。低い人材流動性は、企業にとって新しい組織能力の確保を妨げ、個人にとってはキャリア自律やリスキリング・アップスキリングの機会の喪失につながり、昇給も抑制してしまう。

これらの状況を考えると、「雇用保障はすべき」という心理的な楔から自由になり、会社としてもアウトフローの流れを作り、同時に個人がキャリア選択する機会を大幅に増やすことで、労働流動性を高める必要があるのではないだろうか。

著者
白井 正人

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