PEOPLE FIRSTを実現させる資生堂の『総報酬サーベイ』活用
毎年の市場報酬チェックが円滑な労使対話を実現させる
マーサージャパンが提供する『総報酬サーベイ』は業界ごと・ジョブごと・等級ごとといった多様な切り口で、市場の報酬と自社の現状とを比較検証できるデータベース。この『総報酬サーベイ』を積極活用し、新たに導入した「ジョブベースの人事制度」の設計に活用されたのが「PEOPLE FIRST(ピープルファースト)」の理念を掲げて、各種の大胆な施策に取り組む株式会社資生堂。
今回は資生堂・人財オペレーション部の今井賢治氏、蛭間公平氏と、マーサージャパンの増渕匡平氏、荒井竹美氏による対談を実施。新制度の設計・導入にあたって留意した点や今後の展望などをお伝えする。(以下敬称略)
※HRプロ転載記事
今井 賢治氏
株式会社資生堂 人財本部 人財オペレーション部 制度企画グループ グループマネージャー
大学卒業後、資生堂に入社。大阪の工場で人事・労務を担当した後、本社にて人事企画に従事。主に制度企画、労働組合との協議などを担当。2021年には大規模な制度改革を実現。
蛭間 公平氏
株式会社資生堂 人財本部 人財オペレーション部 制度企画グループ
新卒で製薬会社に入社。営業、人事を経験した後、コンサル会社で人材・組織開発を担当。2022年に資生堂に入社。給与、賞与、昇給など報酬管理を担当。
増渕 匡平
マーサージャパン株式会社 プロダクト・ソリューションズ部門 代表
代表日系証券会社の営業部門および人事部門を経て、2010年にマーサージャパン入社。総報酬サーベイに関する、既存顧客の運用支援や新規顧客の導入支援に従事。2021年にプロダクト・ソリューションズ部門の責任者に就任。日本で3,000社を超える同部門のクライアントに対して、組織人事領域における典型的なイシューを特定し、標準化されたソリューション(プロダクト)を通じて支援している。
荒井 竹美
マーサージャパン株式会社 カスタマーサクセス アソシエイトコンサルタント
日系鉄道会社の国際物流事業本部において法人営業を担当。ニューヨーク駐在時には法人営業に加えて、カスタマーサービス部門の管轄を行ない、現地社員の採用・トレーニング等に従事。帰国後、2022年にマーサージャパンに入社。総報酬サーベイの活用、データ提出時のサポートを担当している。
旧制度からの脱却には社内での“納得感の醸成”が必要だった
増渕:『総報酬サーベイ』は、参加企業からご提供頂いた報酬データを、各社が汎用的に活用できるようにデータベース化し、産業別、企業規模別、職種・職位別といった複数視点の掛け合わせで比較分析できるプロダクトです。市場の水準と自社の報酬分布を比較検証出来ることから、世界で40,000社以上、日本国内でも1,300社以上にご活用いただいています。
資生堂様にもご参加・ご利用いただいており、そのきっかけは近年の組織改編や役割等級に基づく報酬制度の導入にあったかと思います。このあたりの経緯について、まずはお聞かせください。
社会状況、ビジネス環境の変化、会社の戦略…。さまざまな観点で検討し、職能資格制度からの脱却とジョブ型への移行が妥当だろうという共通認識が社内に生まれました。そこでわれわれ人事はジョブベースの等級に基づく報酬体系を策定して2020年より管理職に先行適用。これを2021年から一般社員(総合職)にも拡大した、というのが近年の流れです。また2022年には、グローバルでの人事制度の共通化を進めるべく、管理職・一般社員(総合職)ともに、資生堂グループ内の人財を共通の等級に格付ける「グローバルグレード」の適用も開始しました。
ジョブはセールスや研究開発、ブランドマーケティングなど約20の領域に分けられており、各領域とも一般社員は4等級、管理職は8等級のグレードが設定されています。領域・等級ごとに、具体的にどのような仕事を求められるのか、ジョブディスクリプション(JD)に落とし込んであります。
今井:ジョブベースへの移行にあたって、個々の社員が担当する職務を明確にするためのJDを作成しました。具体的には、グレードごとのJDの基本定義を人事で定め、各組織・各部門のリーダーが主導する形で作成しました。
大変な労力ではありましたが、そうすることで、現場の視点で重要となるポイントをJDに反映できました。またジョブの設定は経営戦略との関連も意識しなければなりませんから、ビジネスパートナー室とも協議しています。なお、このJDには、各職務を遂行するのに必要な専門性に関する要件(ファンクショナル・コンピテンシー)明記しました。
しかし、われわれがもっとも時間をかけたのは労働組合への説明です。なぜ新たな制度を導入しなければならないのか、労働組合としても納得感を得たいのは当然でしょう。ただし労働組合が気にしていたのは、単に「新制度で給与は上がるのか下がるのか」ではありません。「新制度で社員のモチベーションは上がるのか、会社として成長できるのか」という点です。
われわれとしても、最初は「制度の詳細より、いまは“入口”の部分の説明に時間をかけよう」と考え、会社の現状、目指すべき姿、制度の主旨・目的などを理解してもらうことからスタートし、丁寧なコミュニケーションを重ねることで、徐々に理解を得て最終的に合意を得ることができました。
マーケットの現状把握のためには広い範囲でデータを見ることが重要
今井:以前から職能資格別の報酬帯は設定されていたのですが、どちらかというと「社内における整合性」が重視されたものとなっていました。しかし新卒・中途を含む人材獲得シーンまで考慮するなら、マーケットとの比較、競争力という視点が欠かせません。ジョブグレードごとの報酬水準は妥当なのか。市場と比べて劣っているのか優れているのか。より魅力的な水準はどこにあるのか。市場の相場を把握して報酬帯の設定に反映しなければなりません。「客観的なデータをもとに報酬帯を決めた」という事実は、従業員や労働組合に対する説得材料にもなります。
マーサージャパン様の『総報酬サーベイ』を選択したのは、日系企業だけではなく外資系もバランスよく網羅されていることと、弊社が比較したい産業の企業の、特にオフィスワーカーの現状をカバーしていたことが大きな理由です。
蛭間:年によって参加企業も異なるため、ピアグループの顔ぶれが多少入れ替わることもあります。ただ現状は、1つ1つのジョブ、細かな等級の報酬水準を見て弊社の水準を設定するのではなく、もう少し大きなくくりで捉えるようにしています。
かといって大雑把というわけではありません。たとえばハイグレードの等級のように、各社とも該当する人数がそもそも少ないポジション、また、部署や職務領域による人数のバラつきや少数の異常値が感じられる時は、回帰分析や加重平均といった統計方法も取り入れるように工夫をしています。そういう意味で、弊社はデータの参照・比較を精緻に行っている方かと思います。
蛭間:ある部門から「うちの給与水準に競争力はあるのか?」と問い合わせがあれば、そうした細かなデータを提示することもあります。実際に昨年、1つの部門からそのような依頼があったため、該当部門の報酬水準比較データを作成しHRBPに連携しました。
それと、ピアグループは毎年設定し直して水準を確認していくことにしています。労働組合との対話にあたっては、とにかくエビデンスが重要視されるため、毎年きっちりと確認することが大切です。それによって組合側の納得感も得やすいはずです。そのため総報酬サーベイに毎年参加してデータを入手する意義は深いと感じています。
今井:近年は物価高や賃上げの流れが加速しており、データ次第では「うちも上げなければ」ということになる可能性は十分にあります。迅速な対応のためにも、より高頻度で見ていく必要はあると思います。
実は「逆に業界の水準が下がってきたら、うちも給与を下げるのか」という疑問が組合側から出てきました。「減少のケースにおいては、多少の水準減少であれば基本的には既存の水準を維持する」と答えています。報酬水準の見直しは機械的なものではなく、見直しの背景や理由も含め、組合に説明を行い、必要に応じて協議を実施することにしています。しかしその議論の根拠としても、客観的なデータはやはり重要と考えています。
制度そのものより重要なのは、その制度を正しく運用するための取り組み
今井:社員アンケートでは新たな制度に対するポジティブな反応が多く、労働組合が独自に実施した調査でも様々な課題の声はまだあるものの、同様の結果が出ています。
以前の職能資格制度では「そのポジションを〇年経験する」という要件を満たさないと昇進できなかったため、結果として年功序列的になっていました。そうした仕組みを見直し、若くても優秀で担う役割で期待以上の成果を上げることができるなら等級は上がるというのが、現行の制度。若手を中心に「これまでより早くマネージャーになれる」という期待感があるのではないでしょうか。
等級や報酬水準といった“制度”への納得感より、その“運用”が今後の課題となりそうです。人事制度においては、上司による部下の評価が大きな鍵。適切な目標設定がなされているか。円滑なコミュニケーションは実現できているか。そうした上司のマネジメント能力には、まだ改善の余地があると思います。
人財・組織開発室が主導する形で、さまざまなトレーニングを進めています。現在は四半期に1回、マネージャー向けに目標設定、中間面談、評価などのワークショップを開催して基本的な知識と意識を培ってもらい、マネージャー同士の意見交換や議論にも取り組んでもらっています。
また弊社には、外部から募集している仕事に対して社内の人間が手を挙げられる仕組みがあります。こうしたシーンでは、JDやジョブグレードが整備されていることで検討・応募しやすい環境が作られていると思います。
荒井:『総報酬サーベイ』のデータでも、日本の企業全体の問題として男性より女性の賃金が低いという傾向が出ています。おっしゃる通り「管理職に男性が多い」ことが大きな原因なのですが、その点を勘案したとしても女性の方が低いのが実情です。
資生堂様のジョブグレードは性別関係なく設定されているとのことですので、今後は優秀な女性社員の等級が上がり、管理職が増え、賃金格差も解消していくのでしょう。そのあたりの確認のためにも『総報酬サーベイ』を活用していただければと思います。
蛭間:『総報酬サーベイ』のジョブカタログは非常に精緻で、かなりの数のジョブコードが用意され、1つのジョブが何段階もの等級に分かれています。それらと自社のジョブ、グレードを適切にマッチさせてデータを入力しなければなりません。この作業を効率化したい、というのが大きな希望です。
もちろんマーサージャパン様のサポートは手厚く、ジョブやグレードのマッチングに迷うケースにも迅速に対応していただいています。同じような体制で他の企業にも接しているでしょうから、各社が入力したデータもきっと信頼性は高いはずです。
精緻かつ信頼性の高いデータを活用することで、各部署・各組織や労働組合に提示するデータの説得力も高くなることは確かですね。
荒井:ジョブ型が浸透していない企業にとっては、より入力作業は大変だと理解しています。また地方の工場に勤務している人の職務内容を本部の人事が把握することは、かなり難しいでしょう。ジョブやグレードのマッチング表やテンプレートを作成するほか、1つ1つのケースに丁寧にサポートしていくことを、今後も心がけたいと思います。
本日はありがとうございました。