役員報酬とは?-制度設計と実務対応について- 

役員報酬は企業経営において重要な要素の一つです。適切に設計された役員報酬は、経営陣のモチベーションを高め、企業の持続可能な成長を支える要素となります。本記事では、役員報酬制度の設計方法から実務対応まで包括的に解説します。

内容

役員報酬とは?

役員報酬とは、企業の取締役や監査役などの会社役員に対して支払われる報酬を指し、給与、賞与、株式報酬などの報酬形態で支給されます。報酬水準・構成は、職責の大きさや業績、企業規模、業界標準などを考慮して決定され、(指名委員会等設置会社を除き)総支給額上限は株主総会での承認を要します。

適正な役員報酬は優秀な経営人材の確保やモチベーション向上に寄与するものの、過剰な報酬は株主利益を損なう可能性もあります。そのため、コーポレートガバナンスの文脈において、透明性と適正性の確保が重要視されています。

また、役員報酬は、経営陣の行動を企業価値の向上に誘引するための重要なインセンティブとなります。固定報酬と業績連動報酬のバランスが適切であれば、役員において長期的な企業価値の向上と社内外のステークホルダーの利益を高めることが期待されます。

役員報酬の相場

役員報酬の相場は、企業の規模や業種、業績などによって大きく異なります。一般的に、報酬水準は売上高・時価総額と正の相関があると言われており、大企業の役員報酬は高額になる傾向がある一方で、中小・スタートアップ企業ではそれほど高くならない傾向にあります。

まず、大企業の役員報酬について、日系企業では、役員報酬の平均額は年間数千万円から数億円となることが一般的です。特に上場企業の役員報酬は株主総会での承認を経て決定されること、並びにコーポレートガバナンス・コードなどの働きかけにより、透明性が高く、業績に応じた報酬体系が採用されることが求められています。一方で、中小・スタートアップ企業の場合、年間数百万円から数千万円程度に設定されることが一般的です。当該企業群では、手持資金を投資に回す割合が大きいため、役員報酬の水準を抑える傾向が見られます。

役員報酬の構成要素

役員報酬は、主に基本報酬(ABS)、短期業績連動報酬(STI)、長期業績連動報酬(LTI)の3つで構成されます。
  基本報酬(ABS) 短期業績連動報酬(STI) 長期業績連動報酬(LTI)
期間 固定的 短期的(1年以内) 長期的(3年以上)
目的 固定収入 短期的な業績向上 長期的な企業価値向上
主な支給形態 現金 現金賞与 株式報酬

基本報酬(アニュアル・ベース・サラリー、ABS)

基本報酬は、役員報酬の基礎となる部分で、企業規模や業界、役員の職責の大きさ、役位等に応じて設定されます。業績に関係なく一定額が支払われ、生活の基盤となる安定した収入源として通常、月額報酬として支給されます。

短期業績連動報酬(ショート・ターム・インセンティブ、STI)

短期業績連動報酬は、通常1年以内の業績期間を対象とし、企業の短期的なパフォーマンスや達成目標に基づいて支給されます。これは、個人やチーム、会社全体の短期的な目標達成度に連動し、多くの場合、年次ボーナスの形で支給され、業績向上への短期的な動機づけを目的とします。

長期業績連動報酬(ロング・ターム・インセンティブ、LTI)

長期業績連動報酬は、通常、3年以上の長期的な業績期間を対象として企業の長期的な価値創造を促進するための報酬です。会社の中長期的な成長や株主価値の向上に連動し、ストックオプションをはじめとした株式報酬の形で支給されることが多く、経営陣の長期的視点での意思決定を促します。

役員報酬設計の流れ

上場企業において、役員報酬はコーポレートガバナンス・コードに準拠し「客観性・透明性ある手続に従った報酬制度の設計・報酬額の決定」が求められます。具体的には、コーポレートガバナンス・コードの補充原則 4-2 ①が該当します。

補充原則 4-2 ①

取締役会は、経営陣の報酬が持続的な成長に向けた健全なインセンティブとして機能するよう、客観性・透明性ある手続に従い、報酬制度を設計し、具体的な報酬額を決定すべきである。その際、中長期的な業績と連動する報酬の割合や、現金報酬と自社株報酬との割合を適切に設定すべきである。

以上より、上場企業では下記のプロセスで役員報酬制度を設計していくことが求められます。

  1. 報酬の決定プロセスの確定
  2. 報酬決定の基本方針の策定
  3. 報酬の水準の設定
  4. 報酬の種類や構成の設定
  5. 各報酬内容の設定
  6. 情報開示

1. 報酬の決定プロセスの確定

コーポレートガバナンス・コードによると「客観性・透明性ある手続に従い報酬を決定」する必要があります。具体的には、社長一任という方法ではなく、任意または法定の報酬委員会や社外取締役も入る会議体(取締役会)などで議論・決定することが推奨されます。このプロセスは、株主やその他のステークホルダーに対する説明責任を果たす意味で重要です。

2. 報酬決定の基本方針の策定

次に、報酬の基本方針について扱います。改正会社法により、上場会社等の取締役会は、定款または株主総会の決議によって取締役(監査等委員である取締役を除く)の個人別の報酬等の内容が定められていない場合、その内容についての決定に関する方針(以下「報酬等の決定方針」といいます。)を決定することが義務付けられました(会社法361条7項)。

この方針には、役員報酬の目的、企業価値向上との連動性、短期・中長期的な業績との関連性などを含めます。企業によっては、コーポレートサイトで「役員報酬の基本方針」を開示されているので、ご参考になると思われます。

参考事例として、「J.フロント リテイリング株式会社」「キリンホールディングス株式会社」「ルネサスエレクトロニクス株式会社」が挙げられます。

3. 報酬の水準の設定

同業界や競合他社、自社の経営状況などを考慮し、適切な報酬水準を設定します。この際、外部調査やファクトベースの分析を行い、社外取締役を含めた社内でのコンセンサスをとりながら、株式市場に対しても納得度の高い水準にすることが求められます。業界水準を知るためには、外部のデータベースや調査結果を活用することが有用といえます。当社のサーベイは、欧米およびアジア各国で実施されており、日本では2013年より調査を開始しています。主要な役員報酬(基本報酬・手当・短期インセンティブ・中長期インセンティブ)だけではなく、最新の報酬プラクティスについても網羅的に情報を提供し、2023年は過去最大規模の約1,000社にご参加いただきました。

本調査はグローバル統一基準で設定されている調査項目に加え、日本独自の質問項目(任意の諮問委員会の設置状況、中長期インセンティブの動向、サクセッションプランの実施状況など)も設け、グローバル多国籍企業の報酬マネジメント、日本特有の「役位」など網羅的に対応しております。

4. 報酬の種類や構成の設定

基本報酬、短期業績連動報酬、長期業績連動報酬(株式報酬など)の適切な構成を決定します。近年では、長期業績連動報酬の導入が増加しており、企業価値の持続的向上を促す傾向があります。

長期業績連動報酬としては、主として下表の形態の株式報酬を導入することが一般的です。自社の目的に合わせて組み合わせることが肝要です。

株式報酬制度 概要
ストックオプション(SO) 役員や従業員が将来の一定期間にあらかじめ決められた価格(権利行使価格)で自社株式を購入できる権利。株価が上昇すれば利益を得ることができ、業績向上へのインセンティブとなる。
譲渡制限付株式(RS) 一定期間の譲渡制限が付された株式を役員に交付。譲渡制限期間中の売却は制限されるが、期間終了後は自由に売却可能。
譲渡制限付株式ユニット(RSU) 特定の条件や期間が満了するまで株式の所有権が制限されている単位(ユニット)を与える制度。ユニットと呼ばれるポイントに応じて報酬を株式または現金で交付する。
パフォーマンス・シェア(PS) 譲渡制限付株式(RS)に業績達成条件が付された制度。業績達成度合いに応じて譲渡制限の解除割合が決まる。
パフォーマンス・シェア・ユニット(PSU) 譲渡制限付株式ユニット(RSU)に業績達成条件が付された制度。業績達成度合いに応じてユニットの交付量が決まる。
株式交付信託(株式給付型) 会社などが金銭または株式を信託に拠出し、信託が市場等から株式を取得して保管、のち事前に定めた条件を満たした場合に株式または現金を交付する制度。

5. 各報酬内容の設定

次に、各報酬要素の詳細設計を扱います。具体的には、以下の項目の決定が必要です。

  • 対象者(ポジション別)
  • 報酬構成(基本報酬、業績連動報酬)
  • 支給基準
  • 支給方法
  • 業績達成条件(業績連動報酬を設定する場合)
  • 譲渡制限期間
  • クローバック条項 など

一例ではありますが、上記の要素に基づいて、役員報酬制度を整備することで、企業の目指す経営と役員の行動の整合を促進します。また、支給基準や業績達成条件を明確に定めることで、役員のパフォーマンスへの正当な対価を支給することが期待されます。

6. 情報開示

設定した役員報酬制度について、基本方針や報酬水準の考え方、業績達成条件の達成・未達成などを各種報告書で法定開示以上の開示を行う企業が増えています。透明性の確保と株主・投資家との積極的な対話を通じた信頼関係の構築が期待されます。

役員報酬のトレンドと課題

グローバル化と報酬の国際比較

グローバル化が進む現代において、役員報酬の設計においてもマクロな視点は不可欠です。グローバル企業では、各国の文化や経済状況、法規制を考慮し、役員報酬を適切に設定することが求められます。

たとえば、米国では、役員報酬の大部分が株式報酬で構成されており、株価パフォーマンスとの連動性を高く備えています。株価の上昇が直接的に報酬に反映されるため、企業価値の向上と株主重視の経営が促進されやすい報酬体系となります。

一方、欧州では、基本報酬と業績連動報酬のバランスが重視される傾向が見られます。特に、ESG(環境・社会・ガバナンス)指標が報酬に組み込まれることが多く、持続可能な経営を促進が企図されています。

ESGと役員報酬

ESG(環境・社会・ガバナンス)は、企業の持続的成長という文脈において、以前よりも強くフォーカスされています。役員報酬の一部がESG指標に連動する企業も増えており、企業の社会的責任を果たすことが求められます。例えば、温室効果ガスの排出量削減や従業員のエンゲージメントスコアに応じた報酬体系が導入されることで、広範なステークホルダーとの利害共有の促進が期待されます。

性別やダイバーシティの視点から見る役員報酬

ダイバーシティの観点から役員報酬を再検討する動きも進んでいます。2023年の改正開示布令で、女性活躍推進法に基づく「多様性に関する情報の開示」が義務化されたことなどを受けて、役員報酬面では、女性管理職比率などを評価指標として導入する企業も増えています。

インフレと役員報酬のリアルバリュー

近年のインフレ進行により、役員報酬の実質価値が変動しています。名目上の報酬額が高くても、インフレ率が上昇すればその価値は減少します。企業はインフレを考慮し、報酬のリアルバリュー(実質的な購買力)を維持するため、定期的な報酬水準の見直しやインフレをカバーする昇給率の設定などが求められるようになりました。

役員報酬の透明性と情報開示

株主への情報開示の重要性

役員報酬に関する情報開示は、株主に対する説明責任の一環として極めて重要です。透明性の高い報酬ポリシーは、株主の信頼を得るための基盤となります。企業は、報酬の構成や決定プロセス、評価基準について詳細に開示し、株主に対して誠実なコミュニケーションを図ることが求められます。

統合報告書と役員報酬の記載

統合報告書は、企業の財務情報と非財務情報を統合して提供する任意のレポートであり、役員報酬に関する情報も重要な要素として含まれます。この報告書では一般的に、報酬の内訳や決定プロセス、関連するガバナンス情報が詳細に記載されます。透明性の高い統合報告書は、企業の信頼性と成長期待を高めるものであり、株主やその他のステークホルダーの重要情報として活用されています。

透明性向上のためのプラクティス

役員報酬の透明性を高めるために、一例として以下のようなプラクティスを採用することが想定されます。まず、報酬委員会の独立性を確保し、外部専門家などの意見を取り入れることで、公正な報酬プランを策定します。次いで、報酬決定の基準やプロセスを明確化および遵守し、パフォーマンスと報酬の連動性を開示することが考えられます。これにより、株主やその他のステークホルダーとの信頼関係の強化と、ガバナンスの高度化が期待されます。

まとめ

役員報酬は、企業のガバナンスに直結する重要な要素です。適切な報酬設計のためには、報酬委員会の独立性を確保し、透明性の高い報酬ポリシーを策定・実施することが不可欠です。また、企業は市場のトレンドを考慮のうえ、株主その他のステークホルダーの期待に応えるために、報酬設計を柔軟に見直し・再検討することが求められます。
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