サクセッション・プランとは?
目次
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- 後継者計画のロードマップの立案
- 「あるべき社長・CEO像」と評価基準の策定
- 後継者候補の選出
- 育成計画の策定・実施
- 後継者候補の評価、絞込み・入替え
- 最終候補者に対する評価と後継者の指名
- 指名後のサポート
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- 荏原製作所
- セイコーエプソン
- マニー
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サクセッション・プランの定義
本記事ではサクセッション・プラン、中でも対象者のうち最重要ポジションである社長・CEOのサクセッションについて解説します。サクセッション・プラン(後継者計画)とは、「指名委員会・報酬委員会及び後継者計画の活用に関する指針 コーポレート・ガバナンス・システムに関する実務指針(CGSガイドライン)別冊」(以下、「CGSガイドライン別冊*1)」によると、「企業の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上を確保することを目的として、そこで中心的な役割を果たす社長・ CEO の交代が優れた後継者に対して最適なタイミングでなされることを確保するための取組」を指します。
ただし、その交代時期は、経営計画の達成状況等によっては当初想定を見直す必要が生じること、不測の事態により急遽交代の必要が生じることも起こり得ます。こうした状況変化・緊急事態においても、経営の安定性・持続可能性を確保するべく、平時からあらかじめ準備を進めることもサクセッション・プランの重要な要素といえます。とりわけ、緊急事態では選抜・育成にかけられる時間が限定されることから、通常時のプランとは別建てでエマージェンシー・プラン(有事対応プラン)を検討しておくことも必要になります。
また、現状の日本では経営トップを内部から登用する場合が多いものの、企業の状況によっては、外部からの招聘を検討することが適切な場合もあり得ると思われます。この場合、内部登用とは異なる時間軸・プロセスを経ることも考えられます。詳しくは「CEO後継者候補における社外人材検討の有用性」もご覧ください。
サクセッション・プランが重要視される背景
以前であれば、多くの日本企業において経営トップの後継者指名は、 現社長・CEO が実質的に一人で決定(いわゆる密室人事・脳内人事)し、取締役会はこれを追認するにとどまっていたのが実態ではないかといわれています。後継者選定が現社長・CEO の人物眼といった属人的要素に依存し、客観的基準・評価によらず、また、後継者の育成計画も現社長・ CEO の頭の中だけに存在し、明確な育成方針・プロセスは存在しなかった企業が多い*2ともいわれています。右肩上がりの安定した経営環境にあっては、一定の合理性があったと思われるものの、現代のような不確実性の高い環境下にあっては、適切な後継者指名が行われないリスクがクローズアップされるようになったと思われます。
そして、コーポレートガバナンス・コード(以下、CGコード)の補充原則4-1③のとおり、「取締役会は、会社の目指すところ(経営理念等)や具体的な経営戦略を踏まえ、最高経営責任者(CEO)等の後継者計画(プランニング)の策定・運用に主体的に関与するとともに、後継者候補の育成が十分な時間と資源をかけて計画的に行われていくよう、適切に監督を行うべきである。」として、取締役会による適切なサクセッション・プランの監督が要請されるようになりました。
取締役会がサクセッション・プランを適切に管理・監督し、後継者指名に至るプロセスの客観性・透明性を確保することで、企業の持続的成長と企業価値向上を牽引する人選が手続き的に担保されることが期待されます。加えて、客観性・透明性あるプロセスで選任された新社長・CEOの適切性について、社内外のステークホルダーの信頼感・納得感が得られやすくなり、新社長・CEOが社内の論理や前任者の意向を過度に気にすることなく、リーダーシップを発揮しやすくなることも期待されます。
サクセッション・プランの具体的な進め方
ステップ | 主な内容 |
1 | 後継者計画のロードマップの立案 |
2 | 「あるべき社長・CEO像」と評価基準の策定 |
3 | 後継者候補の選出 |
4 | 育成計画の策定・実施 |
5 | 後継者候補の評価、絞込み・入替え |
6 | 最終候補者に対する評価と後継者の指名 |
7 | 指名後のサポート |
① 後継者計画のロードマップの立案
② 「あるべき社長・CEO像」と評価基準の策定
後継者候補を選出→育成→評価→指名するという一連の取組みに係る客観性の担保、取締役会・指名委員会による実効性ある監督のためには、拠りどころとなる判断軸としての「あるべき社長・CEO像」と要件定義が共有されていることが前提となります。
この「あるべき社長・CEO像」を描くにあたっては、自社を取巻く経営環境、企業文化、経営理念、成長ステージ等を踏まえることが不可欠となります。また、サクセッション・プランが中長期にわたる取組みとなることを踏まえて、策定後も定期的に確認、見直すことが期待されます。
③ 後継者候補の選出
後継者候補の選出は、上記「あるべき社長・CEO像」や評価基準に照らして選出するものの、選抜対象とする階層・人数は、企業規模やサクセッション・プランの時間軸によるものと考えられます。
まず、時間的余裕が見込まれる場合には、例えば役員レベルから数名又は数十名程度の候補者を対象として選出し、「あるべき社長・CEO像」に近づけるべく「最後の仕上げ」としての育成を行うことが考えられます。ただし、このような場合でも、不測の事態に備えて中長期的な後継者候補のみならず、短期的な後継者候補もリストアップすることが望まれます。
次に、近い時期に交代が見込まれる場合には、上級役員等から後継者候補を数名程度選出し、今すぐに社長・CEOの役割を担うことができるのは誰か、という視点で見極めを行うことになると考えられます。
④ 育成計画の策定・実施
前工程で選出された各候補者に、「あるべき社長・CEO像」や評価基準に照らして、目標レベルに到達するための育成課題を明確化の上、育成方針・計画を策定・実施することが重要となります。例えば、タフ・アサインメントにより修羅場を乗り越える経験を積ませることも一案となります。
また、社長・CEO就任から交代までという基本的なサイクルを超えて長期的時間軸で取組む場合は、若手優秀層を早期選抜し、早くから責任あるポジションを経験させる、又はOff-JTを集中的に実施する等、時間をかけて育成することで効果をより高めることも期待されます。とりわけ、社長・CEOの外部招聘がまだ少ない日本では、諸外国以上に(中途採用含む)社内での優秀人材の選抜・育成が重要になると考えられます。
⑤ 後継者候補の評価、絞込み・入替え
後継者候補の状況を定期的にモニタリングして、必要に応じて後継者候補の絞り込みや入替えを行うことが重要になります。また、後継者候補のみならず育成計画の実施状況のモニタリングも同時並行で実施し、必要に応じて育成計画の見直しにもつなげることが、実効性向上に寄与すると考えられます。
また、手続きの客観性を担保するために、モニタリング状況等を指名委員会に定期的に報告し、指名委員会に属する社外取締役の関与を得ることも有益と考えられます。そして、社外取締役と後継者候補の直接の接点を増やし、モニタリングの機会を持つことで、社外取締役によるサクセッション・プランの監督が円滑・適切に機能することが期待されます。
⑥ 最終候補者に対する評価と後継者の指名
もっとも、近い時期に交代が見込まれる場合には、④⑤のステップを飛ばすことも考えられるものの、その際にも最終評価の材料となる情報の提供を通して、実効性ある議論が可能となるよう努めることが期待されます。
⑦ 指名後のサポート
サクセッション・プランの先進事例
サクセッション・プランの先進事例として、「コーポレートガバナンス・オブ・ザ・イヤー」2023年度受賞企業*2(Grand Prize Company / Winner Company / 特別賞・経済産業大臣賞)をご紹介します。
- 荏原製作所
- セイコーエプソン
- マニー
*2:日本取締役協会「コーポレートガバナンス・オブ・ザ・イヤー®2023 受賞企業発表」(2024年1月11日)
荏原製作所
荏原製作所は、2022年度にもコーポレートガバナンス・オブ・ザ・イヤー(特別賞・経済産業大臣賞)を受賞しており、その際に「現社長は法定の指名委員会による3年間に渡る複数回のインタビュー等を含む選任プロセスを経て選任されている。また、指名委員会は代表執行役社長をメンバーとせず、非業務執行の取締役会長及び2名の独立社外取締役の計3名で構成し、委員長は独立社外取締役が務めるなど、執行と監督の分離を徹底的に意識し、コーポレートガバナンス報告書や統合報告書等においても、透明性が高いだけでなく、説明責任への誠実さが表出された報告を行っている」「現在は、6年間に及ぶ育成・選定プロセスである代表執行役社長の承継プランを策定し公にするなど、指名委員会と執行側が連携して時間をかけて「人材育成」と「社長の選定」を実施しており、実効性の高い後継者計画に取り組んでいる。」という点が選定理由として挙げられています。2023年度の受賞コメントは「コーポレートガバナンスとは?」に掲載しております。
同社は以下*3のように代表執行役の承継プランとして、6年間の任期を設定し、具体的な6か年のステップとともに開示しています。また、指名委員会の実施回数も年14回と比較的多く、指名委員会でも複数回にわたって議論されていることが推察されます。
セイコーエプソン
セイコーエプソンについて、同斉藤委員長は、「10名の取締役中過半の6名を独立社外取締役が占め、任意の指名と報酬委員会の長は社外取締役が担っている。同社の特徴はサクセッションプランの実行やガバナンスの実効性を上げることに工夫を凝らしていること。執行役員や執行役員候補者による経営会議で討議された中長期戦略などは社外取締役が閲覧可能で、組織的にサクセッション対象者が社外取締役の目に触れる運営がなされている。」と評価しています。
同社は以下*4のように、社外取締役を委員長とする取締役選考審議会を年17回開催して、社長の後継者計画やその他役員の選考方針・候補者案を綿密に議論している様子が覗えます。また、「取締役会の実効性確保に向けた取り組み」の中で、「経営陣の後継者計画・トレーニングに関する議論を深化させ、さらなる改善を図る」ことを課題に挙げているとおり、重点的に取り組まれています。
マニー
マニーについて、以下の点が選定理由として挙げられています。
- 次期CEOの評価・育成・選任を含む実効的な指名プロセスが構築されている。なお、受賞企業では、あるべきCEO像を定めた上で、以下のプロセスを構築している。
- 次期CEO候補者(複数名)が、あるべきCEO像に基づき自己評価を行った上で、自身に不足していると考える事項について自己研鑽計画書を作成し、取締役会(過半数が独立社外取締役)に提出するとともに、その取組結果について、取締役会に対して中間報告と期末報告を行い、それを踏まえて指名委員会が候補者の絞り込みを行っている。
- 次期CEO候補者(①に基づき絞り込まれた複数名)が、取締役会において、「私の経営持論」をテーマに、「私が目指す5年後、10年後のマニーの姿」と「そのために必要な戦略」について触れながらプレゼンテーションを2回行い(※)、次期CEO候補者を評価している。
※1回目のプレゼンテーションにおける取締役からの指摘を踏まえ、2回目に改善した内容のプレゼンテーションを行っている。 - CEO交代の1年前に、次期CEO候補者の自己研鑽計画書の最終報告を受け、次期CEOを1名に仮決定している。
- 仮決定後も、就任までの1年間、次期CEOが自己研鑽計画書を提出し、期待通り成長できているかについて、取締役会が最終確認を行うなど、慎重なプロセスを経ている。また、その間に次期CEOは、他の執行役と企業の将来像を議論しながら中期経営計画の作成を行うなど、十分な準備期間が確保されるとともに、スムーズな権限移譲が行われている。
同社は以下*5のように、オーナー企業としてスタートした中で、創業家自らがコーポレートガバナンスの重要性を早期から認識し、2004年から委員会等設置会社(現 指名委員会等設置会社)へ移行するとともに、取締役の過半数を社外取締役が占めるという先進的な取組みを進められてきました。また、指名委員会の実施回数も年14回と比較的多く、法定3委員会に加えて「中長期的な企業戦略についての検討と取締役への意見具申」を行う戦略委員会を設置する等、コーポレートガバナンス全般において、先進的に取組んでいることが覗えます。